虐待・身体拘束の実態について その3(虐待防止になる記録のとり方)

 

 

 今回は現場で身体拘束や虐待が起こらないようにするためにどのような取り組みが必要なのかを考えてみたいと思います。

 

記録は防衛手段

 

 前回、介護が事故や訴訟のリスクを抱えた仕事であることを述べました。

 まず、経営者や管理者がそのことを踏まえたうえで行動していくことが大事だと筆者は考えます。

 

 認知症の利用者が動き回るからと言って、身体拘束して事態を収拾しようとするよりも、動き回る状態でいかに介護するかを考えなければいけません。それにより転倒事故が起こったとしてもその事態を受け入れて、対応する方が事業へのダメージは少ないのです。

 

 しかし、それには条件があります。

 それは記録を適切に残しておくことです。

 適切な記録がなく事故が起こった場合、その事故の原因を行政や国保連などの第三者機関が客観的に把握することができません。結果としては事業者の責任が重くなってしまう場合もあります。

 

 裁判になった場合、記録による証拠が不確かであると、事業者にとっては不利になります。

 日頃から客観的な事実を記録に残し、第三者が見てすぐ理解できるようにしておけば、その事業所の記録は証拠としての信頼性が増します。結果、事業者にとって有利に働くことになります。

 

困難ケース記録が虐待を防止する

 

 介護記録は日々の仕事としてルーチン化しており、バイタルや食事・活動記録などは日ごろから記入することが習慣化していることと思います。

 これがまず前提となります。

 そうした日頃の記録の積み重ねが、事業所の記録の信頼性を高めますから、これらのルーチンワークを怠ってはいけません。

 その上で、事故の可能性がある利用者(例えば転倒の危険性があるのに勝手に動き回る利用者など)困難ケースの記録を取って行くことが大切で、これが虐待を防止する結果にもなります。

 

困難ケース記録のとり方

 

 安全の確保が難しい、又はなんらかの事故が予想される利用者に対してサービス提供をせざるを得なくなった場合、管理者などの判断により、日頃の記録とは別に、困難ケース記録を記入するようにします。

 

 様式は特にありません。白い紙や専用のノート(「困難ケース記録ノート」等)に記入しても良いでしょう。

 記録に必要な事項は以下のようになります。

 

 ①利用者氏名

 ②困難ケース記録を開始した経緯  

  ※なぜこの記録を取るようにしたのか。安全の確保できない、またはなんらかの事故が予想されることを具体的に書く。

 ③問題が発生した日時

 ④問題が発生した場所

 ⑤どのような問題が発生したのか

 ⑥対応方法

 ⑦対応者

 ⑧記録者

 ⑨事後の対応・経過(必要に応じて)

 ⑩写真などの証拠物件の存在(必要に応じて)

 

 この記録は当然ながら、外部に見せることを前提に書かなければなりません。行政やご家族が見ても信用してもらえるように、具体的に客観的に書く必要があります。

 介護者の主観や苦情じみた書き方は客観的な記録では無いので、第三者に対しては信頼性を損なう結果になります。

 

記録は正直に書かなければならない

 

 さらに、利用者の問題行動に対して職員が不適切な対応をしてしまった場合は、それも隠さず記録する必要があります。

 職員のミスは職員のミスとして別に対処すればよく、別に業務日報などにその事実を記載し、改めてその職員の指導を行うようにします。

 

 困難なケースですからすべての職員が適切に対応することは難しいことです。ミスが起こる可能性も高くなります。それを前提にサービス提供する腹積もりが必要なのです。

 

 最終的に、事業所がこの困難ケースに対して何とか対処しようとしている様子がこれらの記録から読み取れれば、記録は成功と言えます。

 

組織的な対応の重要性

 

 基本として虐待や身体拘束の誘惑にかられるようなケースが発生した場合は、まず事業所全体で対応するようにします。

 管理者や責任者はスタッフからのそのような情報発信に敏感でなければなりません。

 

「誰それ(利用者さん)がなかなか言うこと聞かなくて・・・」などというちょっとしたボヤキ発信を敏感にキャッチできるようにならなければならないのです。

 たとえば利用者の自室で一対一でサービス提供するような施設や訪問介護などの場合、そのスタッフが密室で何をしているのか分かりませんから、スタッフがケアに困難性を感じていたり、苦労している場合は早急に救援の手を差し伸べてあげる必要があります。

 それを放置しておくことで、虐待や身体拘束は発生します。

 

 困難ケースの記録を取ることで、介護職員の資質の向上に役立つことは言うまでもありませんし、事業所で話し合いながら対応することで、事業所のサービス能力も上がります。

 

 難しいご利用者はみんなで対応して、記録を取る。

 

 それにより安易な身体拘束や虐待は減らしていけると考えます。

 

 

 

 

虐待・身体拘束の実態について その1

 

 相変わらず介護現場における虐待や殺人などのニュースが相次ぎます。

 

 施設などの虐待・身体拘束の実態について、平成29年 3 月、特定非営利活動法人地域ケア政策ネットワーク介護相談・地域づくり連絡会より「身体拘束及び高齢者虐待の未然防止に向けた介護相談員の活用に関する調査研究事業報告書」が発表されました。

http://kaigosodan.com/web/wp-content/uploads/2017/04/3178381c5e8a416f86389cb92a65da74.pdf

 

 こちらは平成27年に全国の現在活動中の介護相談員 4,680 名を対象とした調査の結果です。施設介護現場における身体拘束や虐待の状況が赤裸々に報告されています。

 

 こちらで報告されている虐待や身体拘束の実態は、施設等の運営面で非常に参考になると思いますので、ピックアップしてご紹介します。

 職員研修などで活用いただければと思います。

 

 

虐待・身体拘束のグレーゾーン

 

 この報告書には、相談員たちが見聞きした身体拘束や虐待の中で、いわゆるグレーゾーンと考えられる、完全には虐待・身体拘束とは言えないが、場合によってはそれになりうるという状況の報告が多くあります。

 

 こうしたグレーゾーンの多くは、あまり意図的では無く、通常の介護業務として施設の中で日常化している部分があります。

 職員はそれが好ましくない行為だとわかっていない場合が多いようです。現場でこのような行為が見られる場合は是正するべきだと考えます。

 

 例を挙げると以下のような行為です。

 

  • 車椅子のタイヤの空気抜き。一杯入っていると走りすぎて危険であるので。
  • 体調不良の利用者の掛け布団の端を洗濯ばさみではさみ、鈴を付けている。
  • 動きが分かるように利用者(くつ・腕・椅子・掛け布団の足元)に鈴を付けている
  • すぐ立ち上がろうとする入所者の椅子にブーブークッションと椅子の背の足元に鈴とタンバリンがつけてあった。
  • 車イスの背もたれに、センサーが付けてある。立ち上がろうとするとセンサーが鳴り、職員が走って来て、座るようにうながしていた。
  • 転倒防止のセンサーが車イスについている。コール音もひんぱんに鳴り、人によりちがうメロディーの音量も高い
  • 利用者の居室外側のドアの取手がとりはずされている。
  • 出入口(玄関近く)に鍵をかけている。
  • 利用者のフロアーのドアに施錠がされており、開閉には暗証番号が必要であり、職員しか操作できない。
  • 認知棟の居室に他の利用者が入れないように、ベルトでドアをしばっていた。
  • ベッドから落ちたがナースコールの設備が無く、巡回も無かったため、朝まで床に転がっていた。
  • 夜間排せつの回数が多いと怒られ今は紙おむつを使用している。
  • いつもは個浴なのに文句を云う、うるさいからとの理由で2ヶ所ベルトの機械浴で入浴。

 

 

不適切な介護

 

 続いて、同じように虐待・身体拘束につながる可能性のある「不適切なケア」の実態について以下のように報告しています。

 

  • 動き出しそうな人には、低いソファに座わられる事によって自力では動けない体勢にしておく。
  • 毛布にカウベルのような、大きな鈴が毛布に付けてあった。夜中、用事があるときに音をならす。
  • 階段の入口に 2 重にソファを置いて使用しにくくしていた
  • 個室のドアに「のぞき窓」がついている。
  • 事務室から利用者の動きがわかるようにフロアーに監視カメラが設置されていた。
  • 目の前でどんぶりにハサミを入れうどんを切る
  • 認知症の方が、口を開けないからと、鼻をつまみ食事介助した。
  • 食事の介助をする際に言葉かけをせずに複数の利用者の口に順番に自動的にスプーンで食物を入れている。
  • 注射器のような物で、無理やり食事を口に入れる。
  • 食事の際、ごはんに薬を混ぜている。
  • 入浴後バスタオル1枚かけたまま廊下を移動。肌が、露出したまま。
  • 浴室前の脱衣室のドアを開けたままで着替えさせている。
  • 入浴時、裸の状態で順番を待っている。
  • 尿意はあるが、紙おむつをつけている利用者が「おしっこ出た」と訴えても「時間じゃないから…」と交換してくれない。
  • 「おしっこ」と職員にうったえるも「おむつをしているのだからそこにして下さい」と返答した。
  • 他の利用者が居るホールのベッドでのおむつ交換
  • トイレの願望がある入居者の方に「次は何時です」と言ってすぐにトイレに連れて行かない
  • トイレ介助の時、ドアを開けたままで、長時間、利用者を放置している。
  • 「夜は紙オムツを3枚もはかされて動けない。飲食は夕方6時から朝まで取れないからお腹は空くし喉は乾くし大変だ」との訴えがあった。
  • 利用者さんが職員に声をかけているが聞こえてないのか無視して何度も素通りしていた。
  • 足の爪が伸びて隣の指にくい込んでいた。利用者が痛いと訴えるまで放置。
  • 「ちょっとまっててね」といったまま対応しない。
  • 車イスを押すスピードが速い。
  • 車椅子歩行の人が多く、車椅子から椅子への移乗はほとんどしない。
  • 食後の口腔清拭入れ歯を出し乱暴にいきなりゴム手にガーゼをまき、清拭した。
  • 男女が同室。
  • 廊下の手すりにエプロンを干してあり、利用者さんが手すりを安心して使えない。
  • トイレの介助時新人指導の為と4人程で介助。
  • 早朝トイレ誘導の為4時前に起こされる。
  • 車椅子(2台)を一緒に両手で移動して、部屋から食堂に移している。
  • ショートステイの人で、家では自立歩行でトイレに行けるが、施設では車椅子が基本で、これでは歩けなくなる、と訴えがあった。

 

 職員は、利用者の安全を考えてであったり、家族から同意を受けてこのような行為を行っている場合が多いようです。しかし、いくら家族から同意を受けているとはいえ、このような行為は利用者の尊厳を傷つけていると考えなければなりません。

 

 次回はもう少し詳しくこの問題について考えます。

 

 

 

ご利用者に対する虐待防止の取り組み

 

 

介護・障害者施設などでのご利用者にたいする虐待が後を絶ちません。

 

 

虐待の要因

 

 虐待の発生要因について、27年度の厚生労働省の調査では、

1位 教育・知識・介護技術等に関する問題(65.6%)

2位 職員のストレスや感情コントロールの問題 (26.9%)

3位 職員の性格や資質の問題(10.1%)

という結果でした。

 

 また、全国に6万7千人の会員を抱える介護職の労働組合「日本介護クラフトユニオン(NCCU)」http://www.nccu.gr.jp/official/index.html

の「高齢者虐待防止に関するアンケート」調査では

1位 業務の負担が多い(54.3%)

2位 仕事上でのストレス(48.9%)

3位 人員不足(42.8%)

 

という結果になっています。

 

 

小規模事業者でも対策は必須

 

 ご利用者に対する虐待行為は、発生した場合、その介護事業者自身の事業そのものに大きな影響をもたらします。

 

 小規模事業者であれば、地域の中で存在していくこと自体ができなくなります。

 

 上記のような調査の結果を見れば、虐待が発生する組織には、職場環境や処遇の問題があることがはっきりしています。

 

 そのような職場では働きにくさゆえに職員が定着せず、恒常的に人員不足の状況が見られます。そのせいで現場でのストレスが常に高い状態にあり、コンプライアンス研修もままならず、虐待が起こりやすい状況と言えるでしょう。

 まさに悪循環です。

 

 介護業界を希望する人材が一向に増えない現在の状況では、今後も介護現場での虐待問題が発生し続けるでしょう。

 

 自らの事業所でそのような問題を発生させないためには、時に、ご利用者の数を制限して、スタッフに負担のかからないような自衛策が求められる場合もあるでしょう。

 

 

NCCUの取り組み

 

 そんな中、前述の日本介護クラフトユニオン(NCCU)は労使関係のある40法人との間で「介護業界の労働環境向上を進める労使の会」を発足させ、「ご利用者虐待防止に関する集団協定」を締結しました。

http://www.nccu.gr.jp/topics/detail.php?SELECT_ID=201708080001

 

 大企業などに勤めた経験が無いと労働組合というものがどういうものか、今一つピンとこない方もいらっしゃるでしょう。

 一般的には会社内の労働者が連帯して、使用者(経営側)に対して労働者の雇用の維持や処遇改善などを交渉していくものです。

 労働組合法により権利保護されています。労働者は誰でも関連する労働組合に加入することが可能です。

 

 小規模な事業者が多い介護業界では、会社単位で労働組合を作ることが難しく、日本介護クラフトユニオンのような職業別の労働組合が必要なわけです。

 

 

虐待防止の具体策を提示

 

 今回締結された「ご利用者虐待防止に関する集団協定」は、労働者側及び使用者である会社側両者の危機感から締結されたものでしょう。

 

 先にも述べたように、虐待の発生は会社の経営自体を危うくします。また、労働者側から見れば、職場環境の改善そのものが虐待の防止ですし、業界全体としても介護人材を増やしていくためには、このような悪いイメージを払しょくしなければなりません。

 

 この協定では労使における虐待防止のための具体的取り組みを提示してくれています。

 この内容はNCCUに関係していない事業者にもとても有効なものだと思いますのでご紹介します。

 

 協定の概要(一部)は以下の通りです。労使はこれらを協同して取り組むとしています。

 

1 ご利用者虐待防止のための教育システムの構築

(1)社会的責任とコンプライアンスを高める研修を行う。

(2)認知症に対する知識と理解のための研修を行う。

(3)介護現場のキーパーソンである管理者のための研修を行う。

 

2 ストレスマネジメントの実践

 ストレスの予防、軽減、解消のためのストレスマネジメントに取り組む

 

3 方針の明確と周知

 法人としてご利用者虐待防止に関する方針を明確化し、従業員に周知する。

 

4 法人内に相談窓口(担当)の設置と周知

 

5 相談担当の教育・研修の実施

 

 虐待防止のために、同様の取り組みを事業所内で行っていくことをお勧めします。

 

 

取り組む場合の留意点

 

 特に重要なのは、3 方針の明確と周知だと筆者は考えます。

 明確な方針を従業員に周知することで法人としての覚悟と責任を明確にします。

 どんなに良いプログラムを構築しても、スタッフが知らなければ役に立ちません。法人が虐待防止に本気で取り組むという姿勢をはっきりと見せる必要があります。

 

 法人本部がそのような表明をすると、現場でそれに逆行するような事態が発生した場合、(例えば人員不足にもかかわらず、管理者が営業成績を伸ばそうとして無理に新規利用者を受け入れ、スタッフの残業や休日出勤が増えているなど)従業員が遠慮なく内部告発できるようになります。

 

 虐待につながるような状態の芽を従業員皆で摘んでいくような雰囲気を作る必要があるでしょう。

 

 また、スタッフに認知症に対する知識が不足している場合、簡単に虐待につながることが多いと思います。

 施設系の事業所などで無資格者のスタッフが働いている場合は、特に注意が必要だと思います。

 暴力など問題行動のある人を理解して、適切なケアができるようになるには、相当の知識とプロ意識が必要だと思います。

 

 はっきり言えば、知識のない人には認知症の介護はできないと考えた方が良いと思います。