スタッフが虐待や拘束だと思っていない問題
身体拘束は、介護保険の指定基準上、
「当該入所者(利用者)又は他の入所者(利用者)等の生命又は身体を保護するための緊急やむを得ない場合」
のみ認められています。
いわゆる「切迫性」「非代替性」「一時性」の三つの要件を満たし、かつ、それらの要件の確認等の手続きが極めて慎重に実施されているケースに限られています。
<三つの要件を今一度確認>
◆切 迫 性
利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと
◆非代替性
身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと
◆一 時 性
身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること
さらに「身体拘束廃止委員会」等のチームで検討、確認し記録しておくことが必要になります。
多くの介護従事者は、こうした原則を研修などで教えられています。それにもかかわらず、グレーゾーンの拘束や不適切なケアが行われてしまうのは、それらの行為を拘束や虐待だとと認識できないからでしょう。
自分がされたら嫌なことをしないという感覚
グレーゾーンや不適切なケアは、例えば、人であれば「自分がされれば嫌なこと」であるという、素朴な感覚が欠如しているところから生まれていると思います。
この「嫌なことはしない」という感覚は、「介護する上で仕方がない」という感覚により覆い隠されてしまいます。また「安全のために」であるとか「人手が足りない」という感覚が優先してしまいます。
介護や医療の現場では「身体拘束は、安全確保のためにやむを得ない行為である」という根強い考え方があります。
利用者が勝手に動いて行方不明や転倒事故を起こすと困るので、車いすに座らせておく、あるいは自分で立ち上がれない低い椅子に座らせておく。利用者が立ち上がろうとしても、無言で肩を押さえ込むなどは、その施設の介護のあり方そのものが問われるべき行為でしょう。
家族が虐待を要請する
一方で、家族が虐待的な行為を要求をする場合もあります。
そうした家族との対応に疲弊した職員は、本来は利用者のために行うべき介護を、家族からの苦情がない介護に切り替えてしまいます。
その結果、本人の安全確保という名目による身体拘束が横行することになります。
デイサービスで、認知症の利用者の家族に「危ないので立たせないようにしてください」とお願いされたとします。
認知症介護の知識が浅い介護者の場合、その要請を守ってサービス中に立たせないように努力してしまいます。
また、身体拘束を許容する理由に、「本人もしくは家族の同意を得ている」ことをあげる施設が多くあります。しかし、家族の同意があることが拘束をしていい理由にはなりません。
転倒や骨折、点滴やカテーテルを抜いてしまうことを心配し、また、職員に気兼ねをして家族自ら身体拘束を申し出るケースもあります。
その場合も、施設は家族の希望を理由に身体拘束はできません。
先ほどのデイサービスの例でいえば。「本人の意に反して椅子に座らせたまま、立たせないようにすることは、身体拘束にあたり虐待になります」と家族にきちんと説明する必要があります。
その上で、身体拘束の三原則を説明し、介護職の責務であると理解してもらわなければなりません。
安全確保には限界がある
それでも家族に
「立って歩いて転倒して骨折したらどうするんですか?」と食い下がられた場合、
「転倒しないようにケアします」「私たちは介護のプロなので転倒はさせません」ときっぱり言いましょう。
また、そう言えるほどのプロ意識を持たなければなりません。
それでも、転倒して骨折した場合は、素直にお詫びをして保険などで誠意のある対処をする覚悟が必要でしょう。
椅子に座った利用者が立ち上がり、転倒して骨折した場合、どの程度、施設に管理責任を問われると考えますでしょうか?
私の知る限り、人員基準や設備基準をきちんと満たし、不適切なケアを行っていないのであれば、民事や刑事で業務上の責任が問われたという話は聞いたことがありません。
リスクを内包した仕事であると腹をくくる
介護や保育・医療では事故はつきものです。
そのために保険に加入して仕事をしています。
医師の10%が診断や治療ミスなどに関する訴訟を起こされた経験があるという調査があります。
医師とはそうした訴訟リスクを内包した仕事なのです。
医療ほどで無いにしても、介護もそのリスクを踏まえて仕事をする必要があります。
原則は、利用者の尊厳は、身体拘束に優先するということです。
「されたら嫌なこと」は利用者の尊厳を傷つけていますので、グレーゾーンの身体拘束も行ってはいけません。
さらに、経営上のダメージを考えた場合、
介護事故よりも虐待の発覚の方がはるかにダメージは大きいと言えます。事業を継続できなくなる場合も多いでしょう。
そして、グレーゾーンの身体介護や不適切なケアを日常的に行っている事業所は、虐待に対する感受性が鈍くなっていますので、いずれ重大な事件を起こす可能性を孕んでいると考えるべきです。
次回は身体拘束をしないための記録の在り方について考えます。