働きやすい地域職場としての介護・福祉事業所の在り方

 

地域の潜在的介護人材は子育て主婦や退職後の高齢者

 

 厚労省の受託事業として日本総合研究所は「介護人材の働き方の実態及び働き方の意向等に関する調査研究事業 報告書」公表しました。
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/column/opinion/detail/20180410_1_fukuda.pdf

 報告書では、介護人材確保の方策が様々に調査研究されていますが、興味深い調査として、潜在的介護人材(資格は持っているが介護現場で働いていない人)の属性調査があります。
 以下はその調査のポイントです。

【分析結果の概要】
◎ 潜在人材の現在の職業
「専業主婦(主夫)」が58.7%。次いでパート、アルバイトが多い。60 代以上は無職が多い。
◎潜在人材のうち、全体の 4 割前後は現在就業していない。女性や年齢が高い方が多い。また、今後の就業意向
全体の 4 割超は介護業界で働きたいという意向。
◎再就職の条件として希望していることとしては、
①「賃金水準を相場や業務負荷などからみて納得感のあるものとする」
②「子育ての場合でも安心して働ける環境(保育費補助や事業所内保 育所の設置等)を整備している」が上位。
◎特に30代女性では、
「子育ての場合でも 安心して働ける環境(保育費補助や事業所内保育所の設置等)を整備している」(52.5%)
「時短勤務な ど、職員の勤務時間帯や時間数等の求職者の希望を反映できる制度を導入する」(43.2%)が大きくなっている。
 一方で、法人内での配置転換等についてはあまり効果があるとは考えていない傾向がみられる。

 この調査の結果を見れば、地域に多くの潜在的な介護人材が存在することがわかります。
 その多くが専業主婦や高齢者であり、おそらくは正社員での就業を望んでいる人ではなく、自分の家庭や生活を優先し、余った時間で働ければ良いなと考えている人たちであるということが言えるでしょう。
 こうした潜在的な人材を掘り起こしていくことが、人材確保の上でも非常に重要な戦略になると考えます。

 

潜在的介護人材をパートスタッフに

 介護事業所を経営するには、パートスタッフの活用が非常に重要になります。
 やはり、正社員だけで人員を確保するにはコストがかかりますし、社員のキャリアパスなどを考慮した場合、沢山の正社員を抱えることはあまりメリットがありません。
 特に訪問介護の場合は、パートスタッフを増やせば増やすほど、収益が向上する仕組みになっており、管理者やサ責以外はパートスタッフで運用するのが最も効率的な経営となります。

 上述の調査では、専業主婦の多くが子育てのための離職を余儀なくされている状況が見えます。子育てと仕事を両立できればそれを望んでいることもうかがえます。
 しかし、日本の保育システムでは子供に病気などの異常が出た場合は、家庭がフォローすることが求められ、急に仕事を休まなくてはならない状況に追い込まれやすくなっています。そのため子育てのある主婦の場合、恒常的な仕事に就きにくく、地域の労働力として活用できなくなっているのです。

 

潜在的な介護人材が働きやすい職場づくり

 こうした子育て主婦が働きやすい職場とは、急な休みにも嫌な顔せず対応していくれる職場であると考えます。
 介護事業所はある程度余裕のあるスタッフ体制を敷けば、このような対応が可能です。
 訪問介護でもサ責なりが通常事業所に待機している状態であれば、急に穴が開いても対応は可能です。こうした受け皿をしっかり整備するかしないかで、働きやすさが全然違ってきます。
 パートスタッフを充実させるためにも経営者はそうした体制作りを心掛けるべきでしょう。また、パート求人を出す場合はそうしたフォロー体制の整備と子育て主婦にとって働きやすい職場環境であることを積極的にアピールすることが重要です。

 高齢者の場合は、介護の仕事に対するなじみのなさや、大変なのではないかという先入観が就業の壁になっているかもしれません。
 自分の親の介護経験がある方などは意外とすんなりと介護現場で働いているように感じます。東京都でも職場体験と資格取得をセットにした無料の人材確保事業を行っていますが、そうした職場体験の仕組みがもうすこし身近にあると良いと感じます。
 高齢者のパートスタッフ求人する場合は「高齢者歓迎」や「気軽に職場体験できます」などのメッセージを強調しましょう。

 専業主婦や退職後の高齢者は、自分の生活を優先できる働きやすい職場を地域に求ています。特に子育て主婦は子供の手が離れれば正社員として長く働きたいという希望を持っている方も多いでしょう。介護事業所はそうした地域の人たちの職場として機能する意識で事業所経営をしなければなりません。

関連記事:「訪問系サービスのスタッフ獲得術・定着術」

 

 

財務省は小規模な介護サービス事業者を失くしたいのか?

 

 4月11日、財務省の財政制度等審議会分科会は「介護事業所・施設の経営の効率化について」として、以下の提言を行いました。

https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia300411.html

 

【改⾰の⽅向性】(案)

○ 介護サービス事業者の経営の効率化・安定化と、今後も担い⼿が減少していく中、⼈材の確保・有効活⽤やキャリアパスの形成によるサービスの質の向上などの観点から、介護サービスの経営主体の統合・再編等を促すための施策を講じていくべき。

 

 分科会はこの提言の根拠として、介護サービス事業者の現況について以下のような見解を示しています

 

【論点】

〇 介護サービス事業者の事業所別の規模と経営状況との関係を⾒ると、規模が⼤きいほど経費の効率化余地などが⾼いことから経営状況も良好なことが伺える。

 ⼀部の営利企業においては経営主体の合併等により規模拡⼤は図られている。営利企業とその他の経営主体では同列ではない部分もあるが、介護サービス事業全体で⾒た場合、介護サービスの経営主体は⼩規模な法⼈が多いことが伺える。

 

 さらに、分科会ではこうした論拠の裏付けとして以下のようなデータを示しています。

 

①わが国の介護サービス事業所の7割が100人未満の法人による経営である。

②通所介護と訪問介護では利用者数を多く抱える事業所の方が収益率が良い。

③民間16社(説明はないがおそらく大規模法人と思われる)利益率は5.9%であり、介護事業者全体は3.3%となっている。

 

 

自治体に事業者の経営改善をさせる

 

 分科会は大規模化の参考例やメリットとして以下のような例を挙げています。

 

○介護サービス等の事業を⾏う複数の法⼈が、⼈材育成・採⽤などの本部機能を統合・法⼈化することで、ケアの品質の底上げや研修・ 採⽤活動のコスト減を図るなどの取組も存在。

○介護サービスの経営主体の⼤規模化については、

①こうした介護サービス事業の⼈事や経営管理の統合・連携事業を⾃治体が⽬標を定 めるなどして進めることのほか、

②⼀定の経営規模を有する経営主体の経営状況を介護報酬などの施策の決定にあたって勘案することで経営主体⾃体の合併・再編を促す、といった施策が考えられる。また、

③経営主体について⼀定の経営規模を有することや、⼩規模法⼈については⼈事や経営管理等の統合・連携事業への参加を指定・更新の要件とする、といったことも考えられる。

 

 確かに、介護事業を公営事業と考えれば、昔の国鉄や電電公社、郵便事業が民営化したようように大規模民営も考えられます。

 例えば東日本介護サービスのように地域ごとに大規模法人化し、統括的な経営管理の下に事業を行えば、経営のコントロールもやりやすいし、働く人たちの処遇も改善されることが想定できます。

 JRNTTが一流企業であるように、介護事業で働く人たちは一流企業の社員として安定的な収入を得ることも可能かもしれません。

 

 しかし、現状の介護保険制度では保険者が区市町村である以上、このような統合は不可能であり(できても区市町村内の統合)、行政改革の流れからもバカげたことであるとみなされ、現実的ではありません。

 

 分科会でも都道府県、区市町村内の事業所の統合や業務の連携を想定しており、全国規模の統合という視点はありません。

 ただし、統合や業務連携などによる経営効率化に対するインセンティブ(動機付け)は考えており、地域内法人の経営改善目標を設定するなどして自治体に対するインセンティブを想定しています。

 

 

小規模法人すべてが経営状況が悪いわけでは無い

 

 そもそも、分科会で上げている、「小規模法人は収益率が悪い」という論拠は正当なのでしょうか?

 上にあげたデータだけでは論拠としては弱いような気がします。少なくともすべての小規模事業所に当てはまるわけでは無く、「小規模法人の中には経営状況が悪い法人もある」と言えるだけでしょう。

 

 結局、財務省が目指しているのは、介護事業所の経営状況を良くして、収益率が上がった分の介護報酬を減らしたいだけです。しかし、筆者としては収益率が上がった分は、従業員に対する処遇改善に回すべきであり、財政負担の改善に利用するべきでないと考えます。

 

 筆者としては、今回の提言の本質的なゴールは経営状況の良くない小規模法人の経営改善であると考えます。

 つまり中小企業対策であり、厚労省の課題というよりも、通産省の課題でしょう。

 日本の企業の9割が中小企業であると言われます。特別な技術や商品を持っている企業は買収されますが、収益率の悪い企業でも統合されることはなく、廃業するか細々と経営を続けているだけです。

 

 介護事業だけ国策として事業を統合しようとするのは少し横暴な気がします。そして、統合や業務連携という発想だけでは経営改善にはならないでしょう。

 

 しかし、都道府県などに地域内の小規模介護事業法人の経営改善対策をさせることは必要でしょう。

 製造業などとは別のスキームで介護医療法人向けの特別なプログラムを考えていくことは良いことだと考えます。

 例えば指定更新時、決算書を提出させ、経営状況の悪い法人は中小企業診断士などの経営指導を受けなければ、指定更新ができないなどのプログラムは考えられます。

 

 小規模事業者の中には経営に疎く、ボランティア的に事業を営んでいる方も多いため、財務省としてもこのような提言が必要なのでしょう。

 もちろんCareBizSupもそのような事業者を支援するために、サービスを提供しているわけですが。