◆介護事業への参入にはもうメリットは無い?
東京商工リサーチによると2016年1-9月の「老人福祉・介護事業」倒産が累計77件に達し、過去最高となったようです。
http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20161007_01.html
同時期の日本の企業全体の倒産件数は4,216件ですので、介護事業者の倒産はうち1.8%にあたります。ただし、4,216件は負債総額1千万円以上の倒産件数ですので、零細事業者を含めると、実際の企業倒産件数は、はるかに多いと考えられます。
http://www.tsr-net.co.jp/news/status/half/2016_1st_02.html
こうした統計数から、介護事業が他の業種に比べ倒産しやすいということは言えません。筆者は倒産しにくい業種であると考えています。
もちろん、この時期、日本の全体の企業倒産件数が減っているのに、介護事業だけは増えているということだけは言えます。
日本の企業全体としては、円安によって製造業を中心に収益が向上し、倒産件数の低減につながったと考えられますが、介護事業には逆風が吹いていたということです。
主な逆風は二つあります。
1 介護報酬の改定
2 人手不足
この二つの逆風が、倒産件数が過去最高になった原因と考えている人が多いようですが、筆者は実際はそうではないと考えています。
逆風についての解説はのちほどするとして、こうした、経営環境の悪化により、もう介護事業への参入メリットは無くなったと考える人もいらっしゃるようですが、筆者はそうは思いません。
◆介護事業者の数が増えたから倒産数も増えただけ
ご存知のように現状の日本の経済成長率は1%前後です。
一方、介護給付は、2014年度は10.0兆円であり、2025年度には21兆円に達すると推計されています。
これは年間、10%の伸び率です。つまり、日本の他の産業に比べ10倍の成長率と言えます。
先に挙げた介護企業の倒産数も、実は企業数自体が増えたことによる。増加と考えられます。分母が増えれば分子が増えるのは当然です。実は倒産率自体は減っているのです。
介護事業の倒産数は前年同期76件から77件に増えましたが、たった1.3%の伸びです。産業自体の成長率に比べ倒産数が極めて少ないということです。
介護事業は介護を必要としている人がいれば、国の責任でサービス提供体制を確保しなければならない公益事業です。介護人口の増加に対応してサービス提供主体である介護事業者を増やさなければ、我が国の社会福祉制度が失敗したことになります。
結果、国は否が応でも介護事業者の増加を保証する義務があります
◆大儲けを考えている人は、参入は避けた方が良い?
介護保険制度開始時、快進撃を続けたコムスン。少し前ですと、有料老人ホームを次から次へと建設し、高い収益性を確保して儲けた企業。また、お泊りデイサービスのフランチャイズ化で急成長した企業もありました。
しかし、この業界の成長神話のような企業は少しずつ姿を消していったようです。原因の多くは国の介入によるものです。
先日、公正取引委員会が「介護事業に競争性を」という提言をしました。
http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/sep/160905_1.files/02.pdf
公正取引委員会としては健全な競争を介護業界に促し、産業全体をより成長させ、国民に質の高い介護サービスを提供できるようにしたい、というのが提言の目的でしょう。
一方で、厚生労働省としては競争性の導入によるサービスの質の低下を危惧しています。先に述べた急成長した介護企業はその点で、厚生労働省のお眼鏡にかなわなかったのです。そのためこの業界から退場していきました。
コムスンは人件費を低減するために必要な人材を配置しませんでした。これはサービスの低下につながります。
有料老人ホームは人手不足で仕事ができなくなりました。また、コストのかかる職員研修などを怠って事件事故が多発しました。
お泊りデイサービスは劣悪な宿泊環境や防災対策を怠っていました。
これらすべて、サービスの質の低下です。
厚生労働省は介護給付にかかわるサービスの質について非常に敏感です。サービスの質の低下につながる競争性は決して認めません。
◆急成長したが退場した企業に学ぶこと
一般的に、急成長して大儲けする企業は、他社がやらない革新的なサービスをいち早く開発し、大規模に提供することで競争に勝ってきた企業です。
コムスンは借金をし、事業所数を急速に増やし、シェアを確保しようとしました。それにより人員基準に違反した事業所が沢山出てきてしまい、おとり潰しになってしまいました。
介護保険制度導入期に一気にシェア拡大を図ったことが裏目に出た感じです。また、介護事業をフランチャイズ事業化して儲けようと思うのは問題があります。
(参照)「失敗しない介護・福祉起業」https://carebizsup.com/?page_id=264
最近になって有料老人ホームが苦戦しているのは、行政が包括介護報酬を払いたくないということと、サービス付き高齢者住宅の拡大です。
有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)は利用者一人におおよそ月20万円程度の介護保険給付が必要になります。対して自宅でケアした場合、せいぜい10~15万円ぐらいの介護給付で賄えると考えられます。
サービス付き高齢者住宅の多くは簡単に言えば高齢者用ワンルームマンションです。バリアフリー化やナースコールの設備はありますが、一般の単身者用ワンルームマンションと大した違いはありません。
サ高住に住んで訪問介護などのケアを受けることは、自宅でケアを受けることであり、介護給付費の節約のために、国は補助金を出すなどして包括サービス型の老人ホームよりもこちらを優遇しています。
実際、有料老人ホームで成功してきた企業も、サービス付き高齢者住宅事業にシフトしています。
また、包括サービス型の老人ホームは常駐スタッフにより介護サービスを提供します。一方、サ高住は訪問介護や看護、通所介護によりサービスを提供します。
業務の管理体制から言って、同じ料金ならば後者のサービスの方が、質は高いと国は考えているかもしれません。ここでもサービスの質の保証というモチベーションが国に働いていると思います。
お泊りデイサービスは介護保険制度ではカバーできない、介護難民的な高齢者にサービスを提供できる革新的なビジネスモデルとして、一時もてはやされました。
一般の住宅を改造すれば手軽にサービスを提供できるので、参入する小規模事業者が沢山いましたが、宿泊場所が劣悪であったり、スタッフの質が問題になったり、防火対策が不十分であることなどにより、問題視する声が広がりました。
また、同じサービスを提供できる小規模多機能居宅介護などが広がり、現在は多くが撤退をしています。
どんなに革新的なサービスでもサービスの質の保証ができないと、この業界では撤退を余儀なくされます。国は制度を修正して、必ずそのような介入を行ってきます。
逆に言えば、サービスの質の向上につながる革新性や競争力が必要なのですが、固定給付の制度のため、なかなかそれが難しいのがこの業界の現実です。
道行は長いですが、一つ一つの事業所がいかに地域に根差して信頼を獲得していくかが、事業を確実に成長させていく近道だと筆者は考えています。優良な介護企業の多くはそれを実践している企業です。
次回は、前述の逆風についてのお話をしたいと思います。