中小企業による介護事業参入ガイド その2 - 介護報酬改定の逆風

 

 

◆これまでの介護保険制度の変遷

 

日本の医療・介護・年金などの社会保障制度は財政的にひっ迫していることは、この業界の方でなくてもご存知のでしょう。

 

各方面で財源を節約する制度改正が毎年のように行われています。介護保険制度も概ね3年に一度大きな改正があり、前回の改正は 2015年(翌年から実施)でした。これまでの改正の主な経緯を見ると以下のようになります。なお、改正の実施はすべて翌年からになります。

 

(1)2005年改正

●「予防重視型システムへの転換」

・要支援者への「予防給付」を創設

・要支援者のケアマネジメントを「地域包括支援センター」で実施

・区市町村による介護予防事業(地域支援事業)を実施

・特養等の食費・居住費、自己負担化

・地域密着型サービスの創設 など

 

(2)2008年改正

●「法令遵守等の業務管理体制の整備」(2007年のコムスン事件を受けて)

・事業者の立入検査制度の強化

・不正事業者の処分逃れ対策防止 など

 

(3)2011年改正

●「地域包括ケアシステムの推進」

・医療と介護の連携の強化(介護職員等による痰の吸引等の実施など)

・サービス付き高齢者向け住宅の供給を促進

・地域密着型サービスの拡大推進 など

 

(4)2014年改正

●「地域包括ケアシステムの構築と費用負担の公平化」

・予防給付を区市町村の地域支援事業に移行

・特別養護老人ホームの入居基準、要介護3以上へ

・一定以上の所得のある利用者の自己負担を2割へ引上げ など

 

(5)2018年改正(予想)

●「介護保険費のさらなる節約」

・自己負担枠の拡大(福祉用具など)

・区市町村の役割強化(地域支援事業の拡大)

・区市町村間の競争制導入

 

各年の改正には介護給付費の改正がセットになっており、介護職員の処遇改善対策が毎年強化されています。これまでの改正の流れをまとめると、国の政策の方向性は以下のようになります。

 

●介護保険制度の流れ

①介護保険財源の節約(お金のかからない在宅サービスを優遇)

②介護サービスの質の向上(要介護度を悪化させないサービスを優遇)

③区市町村の役割強化(競争の導入)

 

 

◆流れを見失うと介護事業は失敗する

 

前の回でご紹介した、東京商工リサーチによる2016年1-9月の「老人福祉・介護事業」の調査によると、この時期の介護事業者の倒産理由は以下のようになっています。

 

(1)販売不振51件(前年比2倍増)

(2)事業上の失敗10件(おそらくは人材の流失による事業継続困難)

(3)設備投資過大5件(デイサービスなどの施設開設の際の投資過大)

 

それぞれの原因の中で目立つのは、本業不振のため異業種からの参入失敗(6件)や過小資本でのFC加盟(3件)など、事前準備や事業計画が甘い経営が目立っています。

 

筆者が想像するに、事業を閉じた多くの業者は前述の介護保険制度の流れが見えていなかったのではないかと考えています。

 

 

◆消費者ニーズではなく介護ニーズを見極める

 

一般的な商行為と異なり、介護業界では「消費者ニーズ」ではなく「介護ニーズ」を見極めなければなりません。

 

前述のお泊りデイサービスの例を見てみましょう。

 

お泊りデイサービスは民家型のデイサービスに自費で宿泊ができるサービスで、認知症の要介護の高齢者の家族を中心に、消費者ニーズが高いサービスでした。

 

具体的には、認知症の高齢者の家族の介護負担が大きく、自宅同居が難しくなり、特養は一杯で入居できず、有料老人ホームやグループホームは値段が高くて利用できないケースなどがあげられます。

 

定員10人の小規模事業所でも、毎日宿泊する利用者が3人いれば介護報酬も含めて100万円以上の売り上げが上がり黒字化できるために、FC加盟も含め新規に参入する事業者が多かったサービスです。

 

月数万円の自己負担をすれば、長期間の利用が可能で、高齢者を預けたい家族に人気がありました。その意味では消費者ニーズにマッチしたサービスと言えます。

 

しかし、ここにおける介護ニーズは消費者ニーズとは異なります。具体的な介護ニーズを上げると以下のようになります。

①認知症高齢者に必要なのは、認知症を悪化させず、安心安全に生活できる環境である

②認知症高齢者本人と家族の関係に問題がありそれを解消する必要がある

③行政として防火対策も含め介護の質を保証したいニーズがある

 

お泊りデイサービスは上記のような介護ニーズを解消する仕事をするわけではありません。介護保険制度はこのような介護ニーズを解消する役割を、第一にケアマネージャーに課しています。

 

ケアマネージャーは上記の介護ニーズに蓋をして、消費者ニーズを優先し、安易にお泊りデイサービスを利用するべきではないのです。介護ニーズを叶えるために、一時的にお泊りデイサービスを利用することは良いとしても、継続的に利用することは問題があります。それで介護ニーズが解消されたとは言えないということです。

 

私のお付き合いしている在宅介護事業者のケアマネ事務所では約200名の在宅介護のご利用者をお世話していますが、ここ数年、デイサービスのお泊りを利用しているご利用者は居ません。

 

多くのケアマネージャーは現在、安易なお泊りデイサービスの利用で介護ニーズがかなえられるとは考えていません。同様のサービスを提供する小規模多機能居宅介護の広がりもあり、本サービスは次第に利用者を減らしていきました。

 

 

◆機能特化型デイサービスの苦戦

 

2014年の改正で通所介護の基本報酬が大きく引き下げとなりました。特に、予防給付の引き下げが大きくこれにより倒産に追い込まれた事業者も多いようです。

 

筆者はこの改正により、リハビリ(機能訓練)や入浴専門のいわゆる機能特化型のデイサービスが大きな影響を受けたと考えています。

 

一方で認知症高齢者の積極的な受入れを評価する認知症加算や、中重度者の受入れを評価する中重度者ケア体制加算、個別機能訓練加算などが増額されています。

 

国がこのような介護報酬改定を行った理由もやはり介護ニーズとのマッチングにあると思います。

 

介護ニーズに照らしてデイサービスの役割は概ね以下のように定義できます。

①体力・認知機能低下の予防による要介護度悪化防止

②レスパイトケア(家族の介護負担軽減)

③社会的な孤立の解消や健全な精神活動の促進

 

これらの役割をまとめると「在宅生活を維持するためのサービス提供」と定義しても良いでしょう。

デイサービスでは介護ニーズを叶えるために、機能訓練・食事の提供・健康管理・入浴・口腔ケア・利用者同士の会話・レクリエーション・生きがいづくりなどのサービスを提供します。

 

機能特化型のデイサービスでは、機能訓練や入浴など限定的なサービスのみの提供になるため、デイサービスに期待されている介護ニーズの一部しか解消していないことになります。

 

国としてはデイサービスに上記の介護ニーズをできるだけ多く解消することを望んでいます。逆に言えば多くの高齢者には上記のような介護ニーズがあるにもかかわらず、一部しか解消しないと思われるサービスの報酬を減らしたわけです。

 

また、倒産理由にあるように、リハビリ系デイサービスはトレーニングマシンなどの設備投資が過大になる傾向があります。さらに、お風呂が無い事業所が多いため、入浴ニーズがない軽度の高齢者が多く利用することになりますので、予防給付が減らされたことが大打撃となっています。

 

機能訓練が不要な要介護高齢者など居ませんので、デイサービスを開業するならリハビリ系のデイサービスだという風潮が広がったようで、このサービスは乱立状態にあります。そのため過当競争に陥っている状況も見て取れます。

 

なぜか経営者の中には、オリジナルなビジネスモデルを多地域にチェーン展開することが良いビジネスだという考えがあるようです。しかし、どんなに革新的なサービスでも上述の介護ニーズを解消する役割が無ければ、介護事業としては失敗します。

 

 

次回は人材不足で苦戦する訪問介護に製造業から参入し成功している会社の事例をご紹介します。

 

 

 

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