介護職員の虐待・犯罪行為を防止する方策について考える その2

 介護福祉の事業所経営では、職員の虐待行為や利用者への犯罪行為は、経営上の大きなリスクです。ここではそうした事業経営の観点に立って、介護職員による虐待や犯罪行為を防止するための方策について具体的に考察します。

 

◆研修だけでは限界がある

 介護職員の虐待や犯罪行に対して、職員研修の充実により対処しようとしても、限界があると私は考えています。

 どんな人間でも虐待や犯罪行為は悪いことであるという倫理感を持ってると思います。研修で様々な介護職の虐待や犯罪のケースを聞かされ、「このようなことをしないように」と言われても、いざ現場に戻りストレスに晒されると、そのような知識としての倫理観が消えてしまうのです。

 認知症の利用者が言うことを聞かなかったり、暴言や暴力を振るわれると、そのような倫理観をしっかりもって冷静に対応することは、ベテランの介護職でも難しいことがあるでしょう。

 私は暴言や暴力をふるう入居者の介護をする、絶対に怒らず、優しい介護ができる、高性能な介護ロボットが開発されたら良いのにと思うことがよくあります。つまり、それほど冷静に感情を殺して仕事をしなければならない場面が、介護職にはあります。

 そうした鉄の心を研修によって育成することはかなりの時間とコストが必要になります。時に精神科医や心理カウンセラーレベルの、相手の感情に振り回されないトレーニングをしなければなりません。優秀な介護職員は時にそのような対応ができる人もいますが、多くの職員は感情的な攻撃に感情を動かされず、傷つかないで淡々と仕事をすることは難しいでしょう。

 よく言われる介護職のバーンアウト症候群(燃え尽き症候群)はこうしたことが原因の一つでしょう。一生懸命お世話をしているご利用者に憎まれながら仕事をすることは辛いことです。心が傷ついてしまい、離職につながってしまいます。

 認知症の利用者に対しては、上述の鉄の心と、その人にとって優しい人間であるということを理解させる、ある種偽善的なコミュニケーションテクニックが必要になります。

 「相手を理解することはできないが、相手に自分が理解者であると思わせることはできる」という受容の概念に基づいたテクニックを身につける必要があるのですが、はたして介護施設で働く職員のどれだけの人がこの技術を体得しているでしょうか。

 こうした技術を身につけるには、障害や認知症に対するしっかりとした知識と実際の現場での実践を通じた理解と経験を積み重ねる必要があり、いわゆる集合研修(OFF-JT)だけでは身につくものではありません。OFF-JTとON-JTを繰り返し、少しずつ身につけていける技術であると考えます。

 しかし、虐待や犯罪につながる場面はこうしたものだけではありません。上述のコミュニケーションテクニックを身につけていても、利用者のお金に手を付けるような人はいます。さらにそのような技術を持っていても虐待をする人はいます。これは研修ではどうしようもないことです。

 

◆処遇改善で解決するのは一部

 よく、介護職の処遇が悪いから虐待や犯罪が発生するのだという意見を聞きますが、給料が安いということも職員のストレスの一つでしょう。しかし、それだけではないことは高給の大企業でも不正が無くならないことからも明らかです。

 確かにより良い人材を確保するためにも処遇の改善は必要です。もし北欧のように介護職が全員公務員であれば、このような虐待や犯罪は減るでしょう。なぜなら、公務員という安定した身分を捨ててまで、ひどい虐待や、数万円程度の金銭窃盗は行わないと思われるからです。

 東京都に勤めていた頃、犯罪に手を染める役人は数百万から数千万の横領や業者からの賄賂に目がくらんでしまったケースが殆どでした(ただし、教員による児童・生徒に対するわいせつ行為は全く別の犯罪構造です)。介護職の処遇が公務員並みであれば、少なくとも感情的な発露としての虐待行為は格段に減ると感じます。

 しかし、現状ではそのような行為をする介護職が、この仕事を辞めてもそれほどには困らないこと。つまりこの仕事を継続するモチベーションが低く、アルバイト的な感覚で働いていることが根源にあるとは思います。いつでもこの仕事を辞めることは可能であり、まじめに仕事をするのも馬鹿らしいという感覚がどこかにあるのは否めないでしょう。

 そうしたリスクは、ファーストフード等の経営で良く言われることです。無責任なアルバイトの行為が企業イメージを傷つけてしまうリスクが絶えずあります。

 今後、処遇改善加算を、介護の仕事を継続していくモチベーションを支える、研修費用や退職手当積立などに利用したいものです。しかし、現在の処遇改善加算は研修費用や退職積み立てには利用できません。

 

 

◆職場のメンタルヘルス対策が、虐待や犯罪行為を防止する第一の方策

 利用者に対してストレスを感じないように仕事をするテクニックは、介護技術として学ぶことはできます。しかし、介護職場に限らず職場には様々なストレスがあり、基本的に職場はストレスフルであるということを前提に、どうすれば職員がストレスを感じずに働けるかを考える必要があります。

 いわゆるメンタルヘルス対策ですが、具体的には以下のようなものがあります。

 

1 人事制度による対策 ─ 職員の話を聞く仕組み(傾聴の仕組み)

  • 職員が管理職などに一対一で仕事や家庭事情のことをフランクに話せる仕組み

 通常、企業や事業組織では人事考課制度や人事評価制度の中にこの「話しを聞く」仕組みは組み込まれています。しかし、ここでは業績評価にスポットを当てるのではなく、管理職等が職員のストレスを汲み上げる仕組みとして活用しなければなりません。この際、「話しを聞く」相手は正社員だけでなくパートスタッフも含みます。

 

  • 話を聞く上司は直接の上司ではない人が良い

 この「話しを聞く」場は、職員が日頃の不満などを話せるよう、できるだけフランクな場にしなければなりませんが、そうした場を作るには相談を受ける管理職等が日頃身近にいる直属の上司よりも、その上の上司、普通の会社でいえば係長ではなく課長・部長級が受けると効果があります。直属の上司では日頃の利害や直接の不満があるので、あまり本音を引き出せません。職員はストレスを隠す場合があります(だからストレスになる)。それを解放させる雰囲気が必要です。

 

  • 話を聞く人は上司ではなく本部の人事担当者でもOK

 職員と利害関係の少ない上司がいない場合は、本部などの人事の専門家が話を聞いても良いでしょう。できるだけその職員の職務内容を把握している人が聞く方が良いと思います。

 

  • 話を聞く人には研修が必要

 いわゆる「聞く力」「話を引き出すインタビュー術」などの「話を聞く」研修を受けておく方がベターです。介護・福祉の専門家であれば傾聴のテクニックと同じなので、比較的に簡単に身につくと考えます。 聞く人が会社や組織の利害をできるだけ話さないようにすることがベターです。聞く人は職員の理解者であると思ってもらう必要があります。

 

  • 話を聞くのは年二回

 一般的な人事考課制度では毎年の目標設定と達成状況をチェックしますので、年二回、話を聞く場が設けられます。職員の本音が聞ければどのようなストレスを感じているか多くの場合は把握できます。把握されたストレスに基づきできるだけ速やかに現場で対応がとられる必要があります。

 

2 外部のメンタルヘルス・カウンセラーの利用

 産業カウンセラーなど職員のメンタルヘルスをサポートするカウンセリングサービスを利用することも有効でしょう。

ただし、こうした外部のカウンセラーの場合、プライバシーの保護の観点から職員がどのようなストレスを抱えているか、職場にフィードバックがしにくいのが難点です。

カウンセリングサービスの中には、職員の悩みを職場にフィードバックすることを前提に話を聞くサービスもあります(職員は自分の話した内容を職場に知られることを前提に話をする)。その際、話を聞くカウンセラーは仕事の内容や実態を知りませんので、職員が話した内容や抱えているストレスをそのまま契約先に報告します。そのため職員が抱える問題を適切に把握しにくい部分もあります。

 また、東京都社会福祉協議会には福祉の仕事に関する悩みを相談する窓口があり、誰でも相談できますので、この窓口を従業員に周知して相談させることで、ストレスを解消する役に立つかもしれません

http://www.tcsw.tvac.or.jp/jinzai/nayamisoudan.html

 

 次回は、人事異動や自己点検により犯罪や不正を防止する仕組みについてご紹介します。

 

 

 

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