介護職員の虐待・犯罪行為を防止する方策について考える 最終回

◆人事異動により不正などの犯罪行為を防止する

1 一人の担当者が長い間、同じ仕事をすることは危険

 公務員は通常、3年程度、長くても7年程度で職場を移動します。入札担当や発注担当は2年で移動になることも多いでしょう。外部との癒着の可能性がある部署や高額の現金を取り扱う部署では、特に就任期間は短い傾向があります。

 これは、不正や犯罪行為が行われやすい傾向のある部署に一人の職員を長い間配属させていると、不正や犯罪行為の発覚が遅れてしまうのと、ちょっとした出来心による横領などの犯罪が起こりやすいからです。

 一人の人が同じ仕事を長く続けることは、その人がその仕事のオーソリティとなってしまい、周囲からその人のしている仕事が見えにくくなります。そのため外部からのチェック機能が働かないことが良くあります。近頃、問題となったマンションの杭打ちデータ不正や免震ゴムの問題も一人の担当者がずっとその仕事をしており、外部からのチェック機能が働かないために起こったといわれています。

 介護現場でいえば、一人のケアマネージャーが長い間同じ利用者を担当しており、勝手にやっていた不正請求(例えばモニタリングをしていなかったなど)のために、多額の返還金を払わなくてはならない事例などは良く発生しています。

 このように、不正や犯罪が起こりやすい職務に長い間、同じ人を勤務させることは、外部からのチェック機能が働きにくいため、トラブルが発生リスクが高いといえるでしょう。

 

2 人事異動による効果

 ある担当者に魔がさして、不正請求などをしようとしても、人事異動によって人が変わり、次の人がその不正を発見してしまう恐れがあれば、人はなかなか悪事に手を染めることができないものです。また、あとで後任が見ると思えば、ずさんな仕事もしない傾向にあります。

 介護保険費の不正請求の時効は5年です。場合によっては最長5年分の返還金が命じられます。不正行為の期間が短かければ短いほど、損害も小さく済みます。 

 

3 訪問系では担当を定期的に変える、もしくは複数で担当することも重要

 訪問介護や看護は一人の職員がサービスを提供しますので、場合によっては同じスタッフがずっと同じ利用者を担当することがあります。ご家族などのチェック機能が働く場合は良いのですが、独居で認知症など、不正行為などを理解できない利用者の場合、できれば定期的に担当者を変えることで、犯罪行為を事前に防止できると考えます。

 また、認知症の困難ケースなど虐待が発生してしまう恐れのある利用者へのサービス提供は、一人の担当者に任せてはいけません。必ず事業所として複数の担当者で当たることが大切です。そうすることで、担当者への負担も軽減できますし、問題を話し合う体制もできると考えます。

 訪問系だけでなく、ある、通所介護事業所ではいつも同じ担当者が利用料の現金集金をしており、認知症の利用者から不正な利用料金を徴収・横領し逮捕されたという事件がありました。

 現金を扱ったりする場合や認知症の利用者への対応は、人を変えるとともに、できるだけ複数の人間であたることでチェック機能が働き不正が起こりにくいと考えます。

 

 

◆小さな事業所では内部チェック機能を高める

 人事異動はそれなりの大きさの組織では有効な手段ですが、小さな事業所ではなかなかそうも行きません。事業を拡大させ職員数を増やしていくことも一つの戦略ですが、虐待や不正行為の発生は待ってくれませんので、どんなに小さな事業所でも防止策は取っておく必要があります。

 

1 ケアマネージャーは一人で仕事を抱え込ませない

 ケアマネージャーが本来やるべき仕事をしていないために、減算などにより返還金が発生するケースは非常に多く、場合によっては多額の返戻金や悪質だと判断されると指定取り消しの場合もあります。

 ケアマネージャーは場合によっては仕事を抱え込んでしまい、外部から手を触れさせない傾向があります。一人ケアマネの事業所(訪問介護事業所併設)で何年もケアプランを更新せず、サービスを提供していたケースもありまず。

 ケアマネージャーの仕事は事業所内でできるだけオープンにし、一人で抱え込ませないようにしなければなりません。できれば更新時は必ず複数のスタッフでカンファレンスを行い、年に1回は必要な書類が整備されているかを別の誰かがチェックする仕組みを作りたいものです。

 

2 虐待防止策

 前述のとおり、認知症など自分の意思を明確に表示できない利用者に対するサービスは、チームもしくは複数の担当者で行うことが有効です。特に訪問介護では必ずそのような体制を敷くべきであると考えます。

 また事業所の管理者やサービス提供責任者は、虐待などの行為が犯罪行為であり場合によっては逮捕される可能性があることを、しっかり認識しながら職務に当たらなければなりません。そのためにはコンプライアンス研修を受け、法令の優先順位などをしっかり理解しておく必要があります。

※過去の記事➡コンプライアンス(法令順守)の優先順位

 通常、虐待の発生しやすい事例は困難ケースに当たります。すでに述べたととおり、一人の担当者に仕事を押し付けるようなことは決してしてはいけません。絶えず組織として利用者に対応し、一人の担当者にストレスが溜まることは避けなければならないでしょう。

 

3 その他犯罪行為の防止

 現金の横領や窃盗、事業所の売り上げを上げたいために未実施サービスを請求するなど、職員の個人的な動機により手を染めてしまう犯罪にはどのような防止策があるでしょうか。

 その2の回で述べた通り、処遇を良くし、その会社や組織に就労し続けるメリットを増加させることで、つまらない犯罪を減らすことはできます。しかし、小さな事業所ではそうした対策もなかなか難しいでしょう。

 小さな事業所のメリットは「小さい」ことです。そのことによりスタッフ間のコミュニケーションは密になります。このメリットを活用することで犯罪の防止ができると考えます。

 「小さな事業所ですがみんな仲が良く、とても家庭的な雰囲気の職場です」などという求人のうたい文句がありますが、仲良しグループで仕事がなれ合いになるというデメリットもあります。しかし、なんでも話せる雰囲気や、悩み事を抱え込まないような良好な人間関係が育まれやすいのは、小さな事業所のメリットでしょう。そうした風通しの良い組織では構成員の仕事ぶりが比較的オープンとなり、自然とお互いのチェック機能が高まります。また、ストレスも大きく軽減され、不正行為へのブレーキがかかると思います。

 また、管理者やサービス提供責任者のリスクマネジメントの意識も大切です。ご利用者の家や居室で窃盗などの犯罪が起こる可能性について、管理者やサービス提供責任者はいつでもアンテナを張り、リスクマネジメントしなければなりません。

 日ごろ「ヒヤリハット」などにより介護事故に対するセンサーは張っていても、スタッフの魔がさしてご利用者の物品を盗む可能性についてはあまりチェックしていないのではないでしょうか。

認知症の利用者の金銭管理や鍵の管理は必ず組織的に対応することが重要ですし、高額な物品があるような場合は必ずカンファレンスなどで事前に議題にしておくことが大切でしょう。

 職員の出来心による犯罪を防止するには、犯罪発生の可能性を潰していくことがとても大切です。できるだけ出来心が起こらないような事前対策を意識してください。

 

◆経営者自身がコンプライアンスについての意識を高める

 指定取り消しなどのケースでは、不正請求やスタッフ資格の誤魔化しが、組織ぐるみで行われている場合が多く(それゆえに悪質)、経営者自身がそれに関与している事例も少なくありません。

 コンプライアンスは、まず経営者自身が危機意識を高めることから始めなければなりません。自らが経営する事業所から犯罪行為が出れば、事業そのものが立ち行かなくなる可能性が大きいのです。ちょっとした不正行為でも、地域でうわさが広まれば、利用者減に直結します。

 相模原の事件は、社会福祉法人が運営する市の施設で発生しました。通常、施設の管理をする社会福祉法人はこうした事件が発生しても、施設管理者の立場を追われることはありません。それは特別養護老人ホームなどについても同様で、虐待などの犯罪行為が施設内で発生しても、運営者を変えられることは無いのです。

 しかし、一般の事業者の場合は違います。老人ホームや自らの事業所で犯罪が起きれば、経営者に瑕疵が無くても経営に直結する危機です。介護福祉業界はそうしたコンプライアンスにかかわる危機意識が非常に低いように感じます。

 立場の弱い人の支援をすることは、その立場の弱さ故に、犯罪行為が発生しやすいことを肝に銘じておかなければなりません。

 

 

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