パブコメから次期介護保険改正の全容(居宅基準)が明らかに その2

 前回の続きです。

 次期改正の居宅サービス関係のトピックを取り上げます。

 

 

福祉用具貸与の全国平均貸与価格の利用者への説明義務化

 

 地味ですが、少々面倒な義務化です。

 

 福祉用具貸与については来年度より、「福祉用具届出システム」が稼働し、3010月には全国平均貸与価格が公表されるようになるようです。

http://www.techno-aids.or.jp/visible/index.shtml

 これにより福祉用具貸与事業者は福祉用具の平均貸与価格を把握できるようになります。

 

 福祉用具貸与をする場合は自事業所が貸与する価格を示すとともに、当該福祉用具の全国平均価格を利用者に示さなければならないことになるわけです。

 検索はTAISコードなどで簡単にできると思いますが、問題なのは現在の自事業所の料金設定が全国平均よりも高いときは、料金改定をする必要が出てくることです。

 

 あくまで事業者の判断ですが、全国平均よりも高い場合は同価格程度に改定したいところです。

 福祉用具の料金改定は既に貸与している用具にも及びますから、それも変更する場合は作業としてはかなり面倒になるでしょう。

 

 また、平均価格は逐一変動する可能性がありますから、それに追随して料金を変動させる必要が出てきます。少しでも平均価格が下がり自事業所の価格よりも安くなれば、そのたびに貸与価格を変えなければならないという、面倒な作業が発生する可能性があります。

 

 

平均価格は福祉用具貸与計画書に明示か

 

 平均価格の説明の仕方は、自事業所の貸与価格と平均価格を福祉用具貸与計画書に併記して説明する方法がもっとも良いと思います。

 福祉用具貸与計画書を作成する際に平均価格を調べ、もし自価格が高い場合は修正する必要があるかもしれません。

 

 また、次期改正では、価格の上限額が設けられるようですので、それを超えた価格設定はできなくなります。

 

 

商品の説明が義務化

 

 また、次期改正では「貸与しようとする商品の特徴」や「機能や価格帯の異なる複数の商品を利用者に提示すること」も同時に義務化されます。

 

 こちらは現状でもカタログを利用して説明していることと思います。

 今後はこの手続きが必須となります。

 利用者に説明なく事業者が勝手に商品を選択して提供してはいけません。

 

 ちなみに「福祉用具選定理由」という言葉があります。

 これを、「福祉用具専門相談員がなぜその商品を選定したか」という理由であると理解して、計画書にその理由を記入している事業者がいますが、本来は、「商品」の選定理由ではなく、特殊寝台や車いすなどの福祉用具の種類に関する選定理由です。

 

 そして、特殊寝台や車いすを使わなければならない理由は、福祉用具専門相談員一人が考えるのではなく、あくまで本人及びケアマネ他の専門職がサービス担当者会議などで話し合い、選定するものです。

「介護保険における福祉用具の選定の判断基準」

http://www.city.omihachiman.shiga.jp/cmsfiles/contents/0000008/8828/yougubetu.pdf

 

 今回、商品の説明が義務化されたことで、商品の選択は、福祉用具専門相談員が本人や家族にその特徴などを説明して選択することがはっきりしました。

 福祉用具貸与計画書には種類の選択理由を記入し、必須ではありませんが、場合によっては「商品の特徴」という欄を設けるなりして、明記しても良いでしょう。

 

 

ケアマネージャーの主治医への情報提供義務化

 

 以下の2点が義務化されます。

 

①意見を求めた主治医に対してケアプランを交付すること

②把握した利用者の状態等について、主治医に必要な情報伝達を行うこと

 

 これらの情報提供をこまめにやっているかどうかで、居宅介護支援事業所の評価が分かれるようになるかもしれません。

 医師と対等に話ができる資質をケアマネージャが持つことを求められていると思います。

 医師は日常生活の状態まではなかなか把握できませんから、食生活や服薬状況、ADLの状況などは介護職が把握して情報提供してほしいという趣旨だと思います。

 

 

身体的拘束等の適正化

 

 施設や居住系のサービスで身体拘束に対する管理が厳密になります。

 以下の項目が義務化です。

 

①身体的拘束等の記録

②身体的拘束等の検討委員会を3月に1回以上開催し、その結果について従業者に周知徹底を図る

③身体的拘束等の適正化のための指針の整備

④研修を定期的に実施する

 

 今後は、実地指導などではこれらの実施を裏付ける資料や記録がチェックされるようになります。

 

 不適切な身体拘束や虐待は行政の指導対象になるだけでなく、事業所の存続も危険にさらすものです。

 今回義務化される事柄を適正に実施していても、たった一人の職員の行為により問題が発生する可能性があります。

 

 不適切な身体拘束や虐待を防止するには、上記の義務化された事柄を実施すればよいわけではありません。虐待を発生させない職場づくりが重要であり、そのためには管理者や経営者の意識が重要になると考えます。

 

 介護現場での不適切な身体拘束や虐待を防止する方法については、こちらの記事も参考にしてください。

https://carebizsup.com/?p=1084

 

 

虐待・身体拘束の実態について その3(虐待防止になる記録のとり方)

 

 

 今回は現場で身体拘束や虐待が起こらないようにするためにどのような取り組みが必要なのかを考えてみたいと思います。

 

記録は防衛手段

 

 前回、介護が事故や訴訟のリスクを抱えた仕事であることを述べました。

 まず、経営者や管理者がそのことを踏まえたうえで行動していくことが大事だと筆者は考えます。

 

 認知症の利用者が動き回るからと言って、身体拘束して事態を収拾しようとするよりも、動き回る状態でいかに介護するかを考えなければいけません。それにより転倒事故が起こったとしてもその事態を受け入れて、対応する方が事業へのダメージは少ないのです。

 

 しかし、それには条件があります。

 それは記録を適切に残しておくことです。

 適切な記録がなく事故が起こった場合、その事故の原因を行政や国保連などの第三者機関が客観的に把握することができません。結果としては事業者の責任が重くなってしまう場合もあります。

 

 裁判になった場合、記録による証拠が不確かであると、事業者にとっては不利になります。

 日頃から客観的な事実を記録に残し、第三者が見てすぐ理解できるようにしておけば、その事業所の記録は証拠としての信頼性が増します。結果、事業者にとって有利に働くことになります。

 

困難ケース記録が虐待を防止する

 

 介護記録は日々の仕事としてルーチン化しており、バイタルや食事・活動記録などは日ごろから記入することが習慣化していることと思います。

 これがまず前提となります。

 そうした日頃の記録の積み重ねが、事業所の記録の信頼性を高めますから、これらのルーチンワークを怠ってはいけません。

 その上で、事故の可能性がある利用者(例えば転倒の危険性があるのに勝手に動き回る利用者など)困難ケースの記録を取って行くことが大切で、これが虐待を防止する結果にもなります。

 

困難ケース記録のとり方

 

 安全の確保が難しい、又はなんらかの事故が予想される利用者に対してサービス提供をせざるを得なくなった場合、管理者などの判断により、日頃の記録とは別に、困難ケース記録を記入するようにします。

 

 様式は特にありません。白い紙や専用のノート(「困難ケース記録ノート」等)に記入しても良いでしょう。

 記録に必要な事項は以下のようになります。

 

 ①利用者氏名

 ②困難ケース記録を開始した経緯  

  ※なぜこの記録を取るようにしたのか。安全の確保できない、またはなんらかの事故が予想されることを具体的に書く。

 ③問題が発生した日時

 ④問題が発生した場所

 ⑤どのような問題が発生したのか

 ⑥対応方法

 ⑦対応者

 ⑧記録者

 ⑨事後の対応・経過(必要に応じて)

 ⑩写真などの証拠物件の存在(必要に応じて)

 

 この記録は当然ながら、外部に見せることを前提に書かなければなりません。行政やご家族が見ても信用してもらえるように、具体的に客観的に書く必要があります。

 介護者の主観や苦情じみた書き方は客観的な記録では無いので、第三者に対しては信頼性を損なう結果になります。

 

記録は正直に書かなければならない

 

 さらに、利用者の問題行動に対して職員が不適切な対応をしてしまった場合は、それも隠さず記録する必要があります。

 職員のミスは職員のミスとして別に対処すればよく、別に業務日報などにその事実を記載し、改めてその職員の指導を行うようにします。

 

 困難なケースですからすべての職員が適切に対応することは難しいことです。ミスが起こる可能性も高くなります。それを前提にサービス提供する腹積もりが必要なのです。

 

 最終的に、事業所がこの困難ケースに対して何とか対処しようとしている様子がこれらの記録から読み取れれば、記録は成功と言えます。

 

組織的な対応の重要性

 

 基本として虐待や身体拘束の誘惑にかられるようなケースが発生した場合は、まず事業所全体で対応するようにします。

 管理者や責任者はスタッフからのそのような情報発信に敏感でなければなりません。

 

「誰それ(利用者さん)がなかなか言うこと聞かなくて・・・」などというちょっとしたボヤキ発信を敏感にキャッチできるようにならなければならないのです。

 たとえば利用者の自室で一対一でサービス提供するような施設や訪問介護などの場合、そのスタッフが密室で何をしているのか分かりませんから、スタッフがケアに困難性を感じていたり、苦労している場合は早急に救援の手を差し伸べてあげる必要があります。

 それを放置しておくことで、虐待や身体拘束は発生します。

 

 困難ケースの記録を取ることで、介護職員の資質の向上に役立つことは言うまでもありませんし、事業所で話し合いながら対応することで、事業所のサービス能力も上がります。

 

 難しいご利用者はみんなで対応して、記録を取る。

 

 それにより安易な身体拘束や虐待は減らしていけると考えます。

 

 

 

 

虐待・身体拘束の実態について その2

 

 

スタッフが虐待や拘束だと思っていない問題

 

 身体拘束は、介護保険の指定基準上、

「当該入所者(利用者)又は他の入所者(利用者)等の生命又は身体を保護するための緊急やむを得ない場合」

 のみ認められています。

 いわゆる「切迫性」「非代替性」「一時性」の三つの要件を満たし、かつ、それらの要件の確認等の手続きが極めて慎重に実施されているケースに限られています。

 

<三つの要件を今一度確認>

◆切 迫 性

利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと

◆非代替性

身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと

◆一 時 性

身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること

 

 さらに「身体拘束廃止委員会」等のチームで検討、確認し記録しておくことが必要になります。

 多くの介護従事者は、こうした原則を研修などで教えられています。それにもかかわらず、グレーゾーンの拘束や不適切なケアが行われてしまうのは、それらの行為を拘束や虐待だとと認識できないからでしょう。

 

 

自分がされたら嫌なことをしないという感覚

 

 グレーゾーンや不適切なケアは、例えば、人であれば「自分がされれば嫌なこと」であるという、素朴な感覚が欠如しているところから生まれていると思います。

 この「嫌なことはしない」という感覚は、「介護する上で仕方がない」という感覚により覆い隠されてしまいます。また「安全のために」であるとか「人手が足りない」という感覚が優先してしまいます。

 介護や医療の現場では「身体拘束は、安全確保のためにやむを得ない行為である」という根強い考え方があります。

 

 利用者が勝手に動いて行方不明や転倒事故を起こすと困るので、車いすに座らせておく、あるいは自分で立ち上がれない低い椅子に座らせておく。利用者が立ち上がろうとしても、無言で肩を押さえ込むなどは、その施設の介護のあり方そのものが問われるべき行為でしょう。

 

 

家族が虐待を要請する

 

 一方で、家族が虐待的な行為を要求をする場合もあります。

 そうした家族との対応に疲弊した職員は、本来は利用者のために行うべき介護を、家族からの苦情がない介護に切り替えてしまいます。

 その結果、本人の安全確保という名目による身体拘束が横行することになります。

 

 デイサービスで、認知症の利用者の家族に「危ないので立たせないようにしてください」とお願いされたとします。

 認知症介護の知識が浅い介護者の場合、その要請を守ってサービス中に立たせないように努力してしまいます。

 

 また、身体拘束を許容する理由に、「本人もしくは家族の同意を得ている」ことをあげる施設が多くあります。しかし、家族の同意があることが拘束をしていい理由にはなりません。

 転倒や骨折、点滴やカテーテルを抜いてしまうことを心配し、また、職員に気兼ねをして家族自ら身体拘束を申し出るケースもあります。

 その場合も、施設は家族の希望を理由に身体拘束はできません。

 

 先ほどのデイサービスの例でいえば。「本人の意に反して椅子に座らせたまま、立たせないようにすることは、身体拘束にあたり虐待になります」と家族にきちんと説明する必要があります。

 その上で、身体拘束の三原則を説明し、介護職の責務であると理解してもらわなければなりません。

 

 

 

安全確保には限界がある

 

 それでも家族に

 「立って歩いて転倒して骨折したらどうするんですか?」と食い下がられた場合、

 「転倒しないようにケアします」「私たちは介護のプロなので転倒はさせません」ときっぱり言いましょう。

 また、そう言えるほどのプロ意識を持たなければなりません。

 それでも、転倒して骨折した場合は、素直にお詫びをして保険などで誠意のある対処をする覚悟が必要でしょう。

 

 椅子に座った利用者が立ち上がり、転倒して骨折した場合、どの程度、施設に管理責任を問われると考えますでしょうか?

 私の知る限り、人員基準や設備基準をきちんと満たし、不適切なケアを行っていないのであれば、民事や刑事で業務上の責任が問われたという話は聞いたことがありません。

 

 

リスクを内包した仕事であると腹をくくる

 

 介護や保育・医療では事故はつきものです。

 そのために保険に加入して仕事をしています。

 医師の10%が診断や治療ミスなどに関する訴訟を起こされた経験があるという調査があります。

http://economic.jp/?p=31020

 医師とはそうした訴訟リスクを内包した仕事なのです。

 医療ほどで無いにしても、介護もそのリスクを踏まえて仕事をする必要があります。

 

 原則は、利用者の尊厳は、身体拘束に優先するということです。

 「されたら嫌なこと」は利用者の尊厳を傷つけていますので、グレーゾーンの身体拘束も行ってはいけません。

 

 さらに、経営上のダメージを考えた場合、

 介護事故よりも虐待の発覚の方がはるかにダメージは大きいと言えます。事業を継続できなくなる場合も多いでしょう。

 

 そして、グレーゾーンの身体介護や不適切なケアを日常的に行っている事業所は、虐待に対する感受性が鈍くなっていますので、いずれ重大な事件を起こす可能性を孕んでいると考えるべきです。

 

 次回は身体拘束をしないための記録の在り方について考えます。

 

 

 

 

虐待・身体拘束の実態について その1

 

 相変わらず介護現場における虐待や殺人などのニュースが相次ぎます。

 

 施設などの虐待・身体拘束の実態について、平成29年 3 月、特定非営利活動法人地域ケア政策ネットワーク介護相談・地域づくり連絡会より「身体拘束及び高齢者虐待の未然防止に向けた介護相談員の活用に関する調査研究事業報告書」が発表されました。

http://kaigosodan.com/web/wp-content/uploads/2017/04/3178381c5e8a416f86389cb92a65da74.pdf

 

 こちらは平成27年に全国の現在活動中の介護相談員 4,680 名を対象とした調査の結果です。施設介護現場における身体拘束や虐待の状況が赤裸々に報告されています。

 

 こちらで報告されている虐待や身体拘束の実態は、施設等の運営面で非常に参考になると思いますので、ピックアップしてご紹介します。

 職員研修などで活用いただければと思います。

 

 

虐待・身体拘束のグレーゾーン

 

 この報告書には、相談員たちが見聞きした身体拘束や虐待の中で、いわゆるグレーゾーンと考えられる、完全には虐待・身体拘束とは言えないが、場合によってはそれになりうるという状況の報告が多くあります。

 

 こうしたグレーゾーンの多くは、あまり意図的では無く、通常の介護業務として施設の中で日常化している部分があります。

 職員はそれが好ましくない行為だとわかっていない場合が多いようです。現場でこのような行為が見られる場合は是正するべきだと考えます。

 

 例を挙げると以下のような行為です。

 

  • 車椅子のタイヤの空気抜き。一杯入っていると走りすぎて危険であるので。
  • 体調不良の利用者の掛け布団の端を洗濯ばさみではさみ、鈴を付けている。
  • 動きが分かるように利用者(くつ・腕・椅子・掛け布団の足元)に鈴を付けている
  • すぐ立ち上がろうとする入所者の椅子にブーブークッションと椅子の背の足元に鈴とタンバリンがつけてあった。
  • 車イスの背もたれに、センサーが付けてある。立ち上がろうとするとセンサーが鳴り、職員が走って来て、座るようにうながしていた。
  • 転倒防止のセンサーが車イスについている。コール音もひんぱんに鳴り、人によりちがうメロディーの音量も高い
  • 利用者の居室外側のドアの取手がとりはずされている。
  • 出入口(玄関近く)に鍵をかけている。
  • 利用者のフロアーのドアに施錠がされており、開閉には暗証番号が必要であり、職員しか操作できない。
  • 認知棟の居室に他の利用者が入れないように、ベルトでドアをしばっていた。
  • ベッドから落ちたがナースコールの設備が無く、巡回も無かったため、朝まで床に転がっていた。
  • 夜間排せつの回数が多いと怒られ今は紙おむつを使用している。
  • いつもは個浴なのに文句を云う、うるさいからとの理由で2ヶ所ベルトの機械浴で入浴。

 

 

不適切な介護

 

 続いて、同じように虐待・身体拘束につながる可能性のある「不適切なケア」の実態について以下のように報告しています。

 

  • 動き出しそうな人には、低いソファに座わられる事によって自力では動けない体勢にしておく。
  • 毛布にカウベルのような、大きな鈴が毛布に付けてあった。夜中、用事があるときに音をならす。
  • 階段の入口に 2 重にソファを置いて使用しにくくしていた
  • 個室のドアに「のぞき窓」がついている。
  • 事務室から利用者の動きがわかるようにフロアーに監視カメラが設置されていた。
  • 目の前でどんぶりにハサミを入れうどんを切る
  • 認知症の方が、口を開けないからと、鼻をつまみ食事介助した。
  • 食事の介助をする際に言葉かけをせずに複数の利用者の口に順番に自動的にスプーンで食物を入れている。
  • 注射器のような物で、無理やり食事を口に入れる。
  • 食事の際、ごはんに薬を混ぜている。
  • 入浴後バスタオル1枚かけたまま廊下を移動。肌が、露出したまま。
  • 浴室前の脱衣室のドアを開けたままで着替えさせている。
  • 入浴時、裸の状態で順番を待っている。
  • 尿意はあるが、紙おむつをつけている利用者が「おしっこ出た」と訴えても「時間じゃないから…」と交換してくれない。
  • 「おしっこ」と職員にうったえるも「おむつをしているのだからそこにして下さい」と返答した。
  • 他の利用者が居るホールのベッドでのおむつ交換
  • トイレの願望がある入居者の方に「次は何時です」と言ってすぐにトイレに連れて行かない
  • トイレ介助の時、ドアを開けたままで、長時間、利用者を放置している。
  • 「夜は紙オムツを3枚もはかされて動けない。飲食は夕方6時から朝まで取れないからお腹は空くし喉は乾くし大変だ」との訴えがあった。
  • 利用者さんが職員に声をかけているが聞こえてないのか無視して何度も素通りしていた。
  • 足の爪が伸びて隣の指にくい込んでいた。利用者が痛いと訴えるまで放置。
  • 「ちょっとまっててね」といったまま対応しない。
  • 車イスを押すスピードが速い。
  • 車椅子歩行の人が多く、車椅子から椅子への移乗はほとんどしない。
  • 食後の口腔清拭入れ歯を出し乱暴にいきなりゴム手にガーゼをまき、清拭した。
  • 男女が同室。
  • 廊下の手すりにエプロンを干してあり、利用者さんが手すりを安心して使えない。
  • トイレの介助時新人指導の為と4人程で介助。
  • 早朝トイレ誘導の為4時前に起こされる。
  • 車椅子(2台)を一緒に両手で移動して、部屋から食堂に移している。
  • ショートステイの人で、家では自立歩行でトイレに行けるが、施設では車椅子が基本で、これでは歩けなくなる、と訴えがあった。

 

 職員は、利用者の安全を考えてであったり、家族から同意を受けてこのような行為を行っている場合が多いようです。しかし、いくら家族から同意を受けているとはいえ、このような行為は利用者の尊厳を傷つけていると考えなければなりません。

 

 次回はもう少し詳しくこの問題について考えます。

 

 

 

ご利用者に対する虐待防止の取り組み

 

 

介護・障害者施設などでのご利用者にたいする虐待が後を絶ちません。

 

 

虐待の要因

 

 虐待の発生要因について、27年度の厚生労働省の調査では、

1位 教育・知識・介護技術等に関する問題(65.6%)

2位 職員のストレスや感情コントロールの問題 (26.9%)

3位 職員の性格や資質の問題(10.1%)

という結果でした。

 

 また、全国に6万7千人の会員を抱える介護職の労働組合「日本介護クラフトユニオン(NCCU)」http://www.nccu.gr.jp/official/index.html

の「高齢者虐待防止に関するアンケート」調査では

1位 業務の負担が多い(54.3%)

2位 仕事上でのストレス(48.9%)

3位 人員不足(42.8%)

 

という結果になっています。

 

 

小規模事業者でも対策は必須

 

 ご利用者に対する虐待行為は、発生した場合、その介護事業者自身の事業そのものに大きな影響をもたらします。

 

 小規模事業者であれば、地域の中で存在していくこと自体ができなくなります。

 

 上記のような調査の結果を見れば、虐待が発生する組織には、職場環境や処遇の問題があることがはっきりしています。

 

 そのような職場では働きにくさゆえに職員が定着せず、恒常的に人員不足の状況が見られます。そのせいで現場でのストレスが常に高い状態にあり、コンプライアンス研修もままならず、虐待が起こりやすい状況と言えるでしょう。

 まさに悪循環です。

 

 介護業界を希望する人材が一向に増えない現在の状況では、今後も介護現場での虐待問題が発生し続けるでしょう。

 

 自らの事業所でそのような問題を発生させないためには、時に、ご利用者の数を制限して、スタッフに負担のかからないような自衛策が求められる場合もあるでしょう。

 

 

NCCUの取り組み

 

 そんな中、前述の日本介護クラフトユニオン(NCCU)は労使関係のある40法人との間で「介護業界の労働環境向上を進める労使の会」を発足させ、「ご利用者虐待防止に関する集団協定」を締結しました。

http://www.nccu.gr.jp/topics/detail.php?SELECT_ID=201708080001

 

 大企業などに勤めた経験が無いと労働組合というものがどういうものか、今一つピンとこない方もいらっしゃるでしょう。

 一般的には会社内の労働者が連帯して、使用者(経営側)に対して労働者の雇用の維持や処遇改善などを交渉していくものです。

 労働組合法により権利保護されています。労働者は誰でも関連する労働組合に加入することが可能です。

 

 小規模な事業者が多い介護業界では、会社単位で労働組合を作ることが難しく、日本介護クラフトユニオンのような職業別の労働組合が必要なわけです。

 

 

虐待防止の具体策を提示

 

 今回締結された「ご利用者虐待防止に関する集団協定」は、労働者側及び使用者である会社側両者の危機感から締結されたものでしょう。

 

 先にも述べたように、虐待の発生は会社の経営自体を危うくします。また、労働者側から見れば、職場環境の改善そのものが虐待の防止ですし、業界全体としても介護人材を増やしていくためには、このような悪いイメージを払しょくしなければなりません。

 

 この協定では労使における虐待防止のための具体的取り組みを提示してくれています。

 この内容はNCCUに関係していない事業者にもとても有効なものだと思いますのでご紹介します。

 

 協定の概要(一部)は以下の通りです。労使はこれらを協同して取り組むとしています。

 

1 ご利用者虐待防止のための教育システムの構築

(1)社会的責任とコンプライアンスを高める研修を行う。

(2)認知症に対する知識と理解のための研修を行う。

(3)介護現場のキーパーソンである管理者のための研修を行う。

 

2 ストレスマネジメントの実践

 ストレスの予防、軽減、解消のためのストレスマネジメントに取り組む

 

3 方針の明確と周知

 法人としてご利用者虐待防止に関する方針を明確化し、従業員に周知する。

 

4 法人内に相談窓口(担当)の設置と周知

 

5 相談担当の教育・研修の実施

 

 虐待防止のために、同様の取り組みを事業所内で行っていくことをお勧めします。

 

 

取り組む場合の留意点

 

 特に重要なのは、3 方針の明確と周知だと筆者は考えます。

 明確な方針を従業員に周知することで法人としての覚悟と責任を明確にします。

 どんなに良いプログラムを構築しても、スタッフが知らなければ役に立ちません。法人が虐待防止に本気で取り組むという姿勢をはっきりと見せる必要があります。

 

 法人本部がそのような表明をすると、現場でそれに逆行するような事態が発生した場合、(例えば人員不足にもかかわらず、管理者が営業成績を伸ばそうとして無理に新規利用者を受け入れ、スタッフの残業や休日出勤が増えているなど)従業員が遠慮なく内部告発できるようになります。

 

 虐待につながるような状態の芽を従業員皆で摘んでいくような雰囲気を作る必要があるでしょう。

 

 また、スタッフに認知症に対する知識が不足している場合、簡単に虐待につながることが多いと思います。

 施設系の事業所などで無資格者のスタッフが働いている場合は、特に注意が必要だと思います。

 暴力など問題行動のある人を理解して、適切なケアができるようになるには、相当の知識とプロ意識が必要だと思います。

 

 はっきり言えば、知識のない人には認知症の介護はできないと考えた方が良いと思います。

 

 

 

介護職員の虐待・犯罪行為を防止する方策について考える 最終回

◆人事異動により不正などの犯罪行為を防止する

1 一人の担当者が長い間、同じ仕事をすることは危険

 公務員は通常、3年程度、長くても7年程度で職場を移動します。入札担当や発注担当は2年で移動になることも多いでしょう。外部との癒着の可能性がある部署や高額の現金を取り扱う部署では、特に就任期間は短い傾向があります。

 これは、不正や犯罪行為が行われやすい傾向のある部署に一人の職員を長い間配属させていると、不正や犯罪行為の発覚が遅れてしまうのと、ちょっとした出来心による横領などの犯罪が起こりやすいからです。

 一人の人が同じ仕事を長く続けることは、その人がその仕事のオーソリティとなってしまい、周囲からその人のしている仕事が見えにくくなります。そのため外部からのチェック機能が働かないことが良くあります。近頃、問題となったマンションの杭打ちデータ不正や免震ゴムの問題も一人の担当者がずっとその仕事をしており、外部からのチェック機能が働かないために起こったといわれています。

 介護現場でいえば、一人のケアマネージャーが長い間同じ利用者を担当しており、勝手にやっていた不正請求(例えばモニタリングをしていなかったなど)のために、多額の返還金を払わなくてはならない事例などは良く発生しています。

 このように、不正や犯罪が起こりやすい職務に長い間、同じ人を勤務させることは、外部からのチェック機能が働きにくいため、トラブルが発生リスクが高いといえるでしょう。

 

2 人事異動による効果

 ある担当者に魔がさして、不正請求などをしようとしても、人事異動によって人が変わり、次の人がその不正を発見してしまう恐れがあれば、人はなかなか悪事に手を染めることができないものです。また、あとで後任が見ると思えば、ずさんな仕事もしない傾向にあります。

 介護保険費の不正請求の時効は5年です。場合によっては最長5年分の返還金が命じられます。不正行為の期間が短かければ短いほど、損害も小さく済みます。 

 

3 訪問系では担当を定期的に変える、もしくは複数で担当することも重要

 訪問介護や看護は一人の職員がサービスを提供しますので、場合によっては同じスタッフがずっと同じ利用者を担当することがあります。ご家族などのチェック機能が働く場合は良いのですが、独居で認知症など、不正行為などを理解できない利用者の場合、できれば定期的に担当者を変えることで、犯罪行為を事前に防止できると考えます。

 また、認知症の困難ケースなど虐待が発生してしまう恐れのある利用者へのサービス提供は、一人の担当者に任せてはいけません。必ず事業所として複数の担当者で当たることが大切です。そうすることで、担当者への負担も軽減できますし、問題を話し合う体制もできると考えます。

 訪問系だけでなく、ある、通所介護事業所ではいつも同じ担当者が利用料の現金集金をしており、認知症の利用者から不正な利用料金を徴収・横領し逮捕されたという事件がありました。

 現金を扱ったりする場合や認知症の利用者への対応は、人を変えるとともに、できるだけ複数の人間であたることでチェック機能が働き不正が起こりにくいと考えます。

 

 

◆小さな事業所では内部チェック機能を高める

 人事異動はそれなりの大きさの組織では有効な手段ですが、小さな事業所ではなかなかそうも行きません。事業を拡大させ職員数を増やしていくことも一つの戦略ですが、虐待や不正行為の発生は待ってくれませんので、どんなに小さな事業所でも防止策は取っておく必要があります。

 

1 ケアマネージャーは一人で仕事を抱え込ませない

 ケアマネージャーが本来やるべき仕事をしていないために、減算などにより返還金が発生するケースは非常に多く、場合によっては多額の返戻金や悪質だと判断されると指定取り消しの場合もあります。

 ケアマネージャーは場合によっては仕事を抱え込んでしまい、外部から手を触れさせない傾向があります。一人ケアマネの事業所(訪問介護事業所併設)で何年もケアプランを更新せず、サービスを提供していたケースもありまず。

 ケアマネージャーの仕事は事業所内でできるだけオープンにし、一人で抱え込ませないようにしなければなりません。できれば更新時は必ず複数のスタッフでカンファレンスを行い、年に1回は必要な書類が整備されているかを別の誰かがチェックする仕組みを作りたいものです。

 

2 虐待防止策

 前述のとおり、認知症など自分の意思を明確に表示できない利用者に対するサービスは、チームもしくは複数の担当者で行うことが有効です。特に訪問介護では必ずそのような体制を敷くべきであると考えます。

 また事業所の管理者やサービス提供責任者は、虐待などの行為が犯罪行為であり場合によっては逮捕される可能性があることを、しっかり認識しながら職務に当たらなければなりません。そのためにはコンプライアンス研修を受け、法令の優先順位などをしっかり理解しておく必要があります。

※過去の記事➡コンプライアンス(法令順守)の優先順位

 通常、虐待の発生しやすい事例は困難ケースに当たります。すでに述べたととおり、一人の担当者に仕事を押し付けるようなことは決してしてはいけません。絶えず組織として利用者に対応し、一人の担当者にストレスが溜まることは避けなければならないでしょう。

 

3 その他犯罪行為の防止

 現金の横領や窃盗、事業所の売り上げを上げたいために未実施サービスを請求するなど、職員の個人的な動機により手を染めてしまう犯罪にはどのような防止策があるでしょうか。

 その2の回で述べた通り、処遇を良くし、その会社や組織に就労し続けるメリットを増加させることで、つまらない犯罪を減らすことはできます。しかし、小さな事業所ではそうした対策もなかなか難しいでしょう。

 小さな事業所のメリットは「小さい」ことです。そのことによりスタッフ間のコミュニケーションは密になります。このメリットを活用することで犯罪の防止ができると考えます。

 「小さな事業所ですがみんな仲が良く、とても家庭的な雰囲気の職場です」などという求人のうたい文句がありますが、仲良しグループで仕事がなれ合いになるというデメリットもあります。しかし、なんでも話せる雰囲気や、悩み事を抱え込まないような良好な人間関係が育まれやすいのは、小さな事業所のメリットでしょう。そうした風通しの良い組織では構成員の仕事ぶりが比較的オープンとなり、自然とお互いのチェック機能が高まります。また、ストレスも大きく軽減され、不正行為へのブレーキがかかると思います。

 また、管理者やサービス提供責任者のリスクマネジメントの意識も大切です。ご利用者の家や居室で窃盗などの犯罪が起こる可能性について、管理者やサービス提供責任者はいつでもアンテナを張り、リスクマネジメントしなければなりません。

 日ごろ「ヒヤリハット」などにより介護事故に対するセンサーは張っていても、スタッフの魔がさしてご利用者の物品を盗む可能性についてはあまりチェックしていないのではないでしょうか。

認知症の利用者の金銭管理や鍵の管理は必ず組織的に対応することが重要ですし、高額な物品があるような場合は必ずカンファレンスなどで事前に議題にしておくことが大切でしょう。

 職員の出来心による犯罪を防止するには、犯罪発生の可能性を潰していくことがとても大切です。できるだけ出来心が起こらないような事前対策を意識してください。

 

◆経営者自身がコンプライアンスについての意識を高める

 指定取り消しなどのケースでは、不正請求やスタッフ資格の誤魔化しが、組織ぐるみで行われている場合が多く(それゆえに悪質)、経営者自身がそれに関与している事例も少なくありません。

 コンプライアンスは、まず経営者自身が危機意識を高めることから始めなければなりません。自らが経営する事業所から犯罪行為が出れば、事業そのものが立ち行かなくなる可能性が大きいのです。ちょっとした不正行為でも、地域でうわさが広まれば、利用者減に直結します。

 相模原の事件は、社会福祉法人が運営する市の施設で発生しました。通常、施設の管理をする社会福祉法人はこうした事件が発生しても、施設管理者の立場を追われることはありません。それは特別養護老人ホームなどについても同様で、虐待などの犯罪行為が施設内で発生しても、運営者を変えられることは無いのです。

 しかし、一般の事業者の場合は違います。老人ホームや自らの事業所で犯罪が起きれば、経営者に瑕疵が無くても経営に直結する危機です。介護福祉業界はそうしたコンプライアンスにかかわる危機意識が非常に低いように感じます。

 立場の弱い人の支援をすることは、その立場の弱さ故に、犯罪行為が発生しやすいことを肝に銘じておかなければなりません。

 

 

介護職員の虐待・犯罪行為を防止する方策について考える その2

 介護福祉の事業所経営では、職員の虐待行為や利用者への犯罪行為は、経営上の大きなリスクです。ここではそうした事業経営の観点に立って、介護職員による虐待や犯罪行為を防止するための方策について具体的に考察します。

 

◆研修だけでは限界がある

 介護職員の虐待や犯罪行に対して、職員研修の充実により対処しようとしても、限界があると私は考えています。

 どんな人間でも虐待や犯罪行為は悪いことであるという倫理感を持ってると思います。研修で様々な介護職の虐待や犯罪のケースを聞かされ、「このようなことをしないように」と言われても、いざ現場に戻りストレスに晒されると、そのような知識としての倫理観が消えてしまうのです。

 認知症の利用者が言うことを聞かなかったり、暴言や暴力を振るわれると、そのような倫理観をしっかりもって冷静に対応することは、ベテランの介護職でも難しいことがあるでしょう。

 私は暴言や暴力をふるう入居者の介護をする、絶対に怒らず、優しい介護ができる、高性能な介護ロボットが開発されたら良いのにと思うことがよくあります。つまり、それほど冷静に感情を殺して仕事をしなければならない場面が、介護職にはあります。

 そうした鉄の心を研修によって育成することはかなりの時間とコストが必要になります。時に精神科医や心理カウンセラーレベルの、相手の感情に振り回されないトレーニングをしなければなりません。優秀な介護職員は時にそのような対応ができる人もいますが、多くの職員は感情的な攻撃に感情を動かされず、傷つかないで淡々と仕事をすることは難しいでしょう。

 よく言われる介護職のバーンアウト症候群(燃え尽き症候群)はこうしたことが原因の一つでしょう。一生懸命お世話をしているご利用者に憎まれながら仕事をすることは辛いことです。心が傷ついてしまい、離職につながってしまいます。

 認知症の利用者に対しては、上述の鉄の心と、その人にとって優しい人間であるということを理解させる、ある種偽善的なコミュニケーションテクニックが必要になります。

 「相手を理解することはできないが、相手に自分が理解者であると思わせることはできる」という受容の概念に基づいたテクニックを身につける必要があるのですが、はたして介護施設で働く職員のどれだけの人がこの技術を体得しているでしょうか。

 こうした技術を身につけるには、障害や認知症に対するしっかりとした知識と実際の現場での実践を通じた理解と経験を積み重ねる必要があり、いわゆる集合研修(OFF-JT)だけでは身につくものではありません。OFF-JTとON-JTを繰り返し、少しずつ身につけていける技術であると考えます。

 しかし、虐待や犯罪につながる場面はこうしたものだけではありません。上述のコミュニケーションテクニックを身につけていても、利用者のお金に手を付けるような人はいます。さらにそのような技術を持っていても虐待をする人はいます。これは研修ではどうしようもないことです。

 

◆処遇改善で解決するのは一部

 よく、介護職の処遇が悪いから虐待や犯罪が発生するのだという意見を聞きますが、給料が安いということも職員のストレスの一つでしょう。しかし、それだけではないことは高給の大企業でも不正が無くならないことからも明らかです。

 確かにより良い人材を確保するためにも処遇の改善は必要です。もし北欧のように介護職が全員公務員であれば、このような虐待や犯罪は減るでしょう。なぜなら、公務員という安定した身分を捨ててまで、ひどい虐待や、数万円程度の金銭窃盗は行わないと思われるからです。

 東京都に勤めていた頃、犯罪に手を染める役人は数百万から数千万の横領や業者からの賄賂に目がくらんでしまったケースが殆どでした(ただし、教員による児童・生徒に対するわいせつ行為は全く別の犯罪構造です)。介護職の処遇が公務員並みであれば、少なくとも感情的な発露としての虐待行為は格段に減ると感じます。

 しかし、現状ではそのような行為をする介護職が、この仕事を辞めてもそれほどには困らないこと。つまりこの仕事を継続するモチベーションが低く、アルバイト的な感覚で働いていることが根源にあるとは思います。いつでもこの仕事を辞めることは可能であり、まじめに仕事をするのも馬鹿らしいという感覚がどこかにあるのは否めないでしょう。

 そうしたリスクは、ファーストフード等の経営で良く言われることです。無責任なアルバイトの行為が企業イメージを傷つけてしまうリスクが絶えずあります。

 今後、処遇改善加算を、介護の仕事を継続していくモチベーションを支える、研修費用や退職手当積立などに利用したいものです。しかし、現在の処遇改善加算は研修費用や退職積み立てには利用できません。

 

 

◆職場のメンタルヘルス対策が、虐待や犯罪行為を防止する第一の方策

 利用者に対してストレスを感じないように仕事をするテクニックは、介護技術として学ぶことはできます。しかし、介護職場に限らず職場には様々なストレスがあり、基本的に職場はストレスフルであるということを前提に、どうすれば職員がストレスを感じずに働けるかを考える必要があります。

 いわゆるメンタルヘルス対策ですが、具体的には以下のようなものがあります。

 

1 人事制度による対策 ─ 職員の話を聞く仕組み(傾聴の仕組み)

  • 職員が管理職などに一対一で仕事や家庭事情のことをフランクに話せる仕組み

 通常、企業や事業組織では人事考課制度や人事評価制度の中にこの「話しを聞く」仕組みは組み込まれています。しかし、ここでは業績評価にスポットを当てるのではなく、管理職等が職員のストレスを汲み上げる仕組みとして活用しなければなりません。この際、「話しを聞く」相手は正社員だけでなくパートスタッフも含みます。

 

  • 話を聞く上司は直接の上司ではない人が良い

 この「話しを聞く」場は、職員が日頃の不満などを話せるよう、できるだけフランクな場にしなければなりませんが、そうした場を作るには相談を受ける管理職等が日頃身近にいる直属の上司よりも、その上の上司、普通の会社でいえば係長ではなく課長・部長級が受けると効果があります。直属の上司では日頃の利害や直接の不満があるので、あまり本音を引き出せません。職員はストレスを隠す場合があります(だからストレスになる)。それを解放させる雰囲気が必要です。

 

  • 話を聞く人は上司ではなく本部の人事担当者でもOK

 職員と利害関係の少ない上司がいない場合は、本部などの人事の専門家が話を聞いても良いでしょう。できるだけその職員の職務内容を把握している人が聞く方が良いと思います。

 

  • 話を聞く人には研修が必要

 いわゆる「聞く力」「話を引き出すインタビュー術」などの「話を聞く」研修を受けておく方がベターです。介護・福祉の専門家であれば傾聴のテクニックと同じなので、比較的に簡単に身につくと考えます。 聞く人が会社や組織の利害をできるだけ話さないようにすることがベターです。聞く人は職員の理解者であると思ってもらう必要があります。

 

  • 話を聞くのは年二回

 一般的な人事考課制度では毎年の目標設定と達成状況をチェックしますので、年二回、話を聞く場が設けられます。職員の本音が聞ければどのようなストレスを感じているか多くの場合は把握できます。把握されたストレスに基づきできるだけ速やかに現場で対応がとられる必要があります。

 

2 外部のメンタルヘルス・カウンセラーの利用

 産業カウンセラーなど職員のメンタルヘルスをサポートするカウンセリングサービスを利用することも有効でしょう。

ただし、こうした外部のカウンセラーの場合、プライバシーの保護の観点から職員がどのようなストレスを抱えているか、職場にフィードバックがしにくいのが難点です。

カウンセリングサービスの中には、職員の悩みを職場にフィードバックすることを前提に話を聞くサービスもあります(職員は自分の話した内容を職場に知られることを前提に話をする)。その際、話を聞くカウンセラーは仕事の内容や実態を知りませんので、職員が話した内容や抱えているストレスをそのまま契約先に報告します。そのため職員が抱える問題を適切に把握しにくい部分もあります。

 また、東京都社会福祉協議会には福祉の仕事に関する悩みを相談する窓口があり、誰でも相談できますので、この窓口を従業員に周知して相談させることで、ストレスを解消する役に立つかもしれません

http://www.tcsw.tvac.or.jp/jinzai/nayamisoudan.html

 

 次回は、人事異動や自己点検により犯罪や不正を防止する仕組みについてご紹介します。

 

 

 

介護職員の虐待・犯罪行為を防止する方策について考える その1

相模原での悲惨な事件を受けて、またこのこれに先立っても、介護施設での認知症の利用者に対する虐待やホームヘルパーによる虐待事件も報じられており、介護福祉事業に従事する(していた)職員による犯罪行為は後を絶たない現実があります。

ある介護事業所を多数運営する代表者は、「一つでもそうした事件が自社の事業所で発生したら、会社ごと危なくなる」という不安を口にしていました。

そこで、経営者や事業管理者として職員が現場でそのような犯罪行為に至らないためにはどのような方策があるか検討してみたいと思います。

 

◆介護職員による虐待や犯罪の発覚は氷山の一角か

介護の多くは密室で行われており、尚且つ、認知症や重度の障害者は虐待の事実を訴えられないため、そうした犯罪行為は発覚しにくいものです。

介護施設やホームヘルパーの虐待ケースでも不審に感じたご家族が隠しカメラで撮影し、その事実が発覚しました。また、虐待した職員自体がその行為を撮影してネットに公開するなどという、あり得ないケースでしか発覚しないのが現状です。

また、老人ホームに入居している認知症の利用者のお金が使い込まれているケースでは、実際の被害額が不明であったり、犯人もわからず結局うやむやになっていることもあると聞きます。

従って、こうした介護福祉の現場での虐待や窃盗事件の発生は実は氷山の一角なのではないかということが想像できます。

介護施設の居室や在宅介護の現場に監視カメラを常時設置することは、プライバシーの問題やコストの問題もありなかなか導入は難しいでしょう。たまたま現場が撮影されて発覚しているだけで、密室での犯罪行為は今後も後を絶たないことが予想されます。

 

◆介護する人のストレスは他の仕事よりも大きいことを前提に考えなければならない

 事実、家族による介護では介護する人が介護される人を殺してしまうというケースも多く発生しています。

介護とはそれだけ追い込まれ高いストレスに晒されるものです。そのために介護保険制度ができたと理解しています。

私自身、病院生活をする寝たきりの母親と末期がんの父親の面倒を同時に見ていました。まだ介護保険制度の無い時代で、父と二人暮らしの私は父が亡くなるまでの数カ月の間、家政婦さんを雇い週末には病院に母の様子を見に行くという生活をしていました。その間、私はきっと能面のように表情がなく笑うことすらできない日々を送っていたような気がします。唯一の救いと言えば、父親が最後に担ぎ込まれた病院が母親の入院している病院で、二人で父親の見取りができたことぐらいです。

二人とも認知症ではありませんでしたが、認知症のご家族を持つ方はまた別のご苦労を経験されていると思います。いずれにしても、家族の終末に付き合うことはとても辛いことです。

そして、こうしたストレスを感じるのは家族だけではないでしょう。介護職員もまた同じようなストレスを感じざるを得ない部分があります。介護の現場というのはそもそもにおいて強いストレスに晒される可能性がある場所だということを、まず理解しておかなければなりません。

 

◆ストレスや不満、心の傷が虐待や犯罪を生む

 私は犯罪学の専門家ではありませんが、多くの犯罪者が、何かしらのストレスや不満、心の傷を負っていると考えています。特に幼少期の抑圧は後年の犯罪行為につながる可能性が高いでしょう。幼児期に虐待された経験のある人は、親になってから自分の子供を虐待する可能性が高く、「負の連鎖」があることが知られています。

殺人まで犯す人は大きな抑圧や傷を負っているのではないかと想像します。相模原の犯人も優生思想のような考えに取りつかれていますが、そうした思想を持つに至った心の抑圧が必ずあると考えます。その抑圧からの防衛機制として、あのような歪んだ考えに至っているのでしょう。また、あれだけの無慈悲な殺人ができる人間は、さらに何かしら脳に障害や異常を負っているような気もします。

 第二次大戦やイスラム原理主義、オーム事件などを見れば、人間は比較的簡単に無慈悲な殺人を行えるようになることは明らかです。これらは組織的殺人の怖さを示しているのですが、そうした組織には往々にして何らかのストレスが蔓延しており、そのストレスがあるが故に簡単に殺人を犯すのだと言われています。さらに、心の抑圧は自殺にもつながります。自殺も殺人の一つです。

 こうした抑圧から人間は逃げ出そうとするのですが、逃げ出せない場合、その抑圧は他者への攻撃として発露することは普通にあることです。時に自傷という自分への攻撃にもなります。

 従ってそのような抑圧をうまくコントロールする(コントロールしてあげる)ことが、犯罪を生まない工夫につながるのではないかと考えます。

 

◆組織的な倫理観喪失の怖さ

 さて、組織的な犯罪の怖さは、個人としては通常の倫理観を持っていても異常な環境の組織に所属していると簡単にその倫理観を捨てて、犯罪を犯してしまうことです。

 三菱自動車やフォルクスワーゲンの燃費データ不正は、個人としては悪いと思っていても、組織として昔からそのように仕事をしていると、どうしても不正を糾せなくなることです。大企業ですから辞めることは難しいでしょうし、逃げ出すことも難しいのです。軍隊なども同様で、なかなか逃げ出せない組織ではそうしたことが起きやすいと思います。

 また、若い世代では「仲間」というものを重要視する傾向がありますから、部活動における虐待や、若者グループの犯罪行為は起きやすく、そこから逃げ出すことは「仲間」を裏切る行為につながり、今度は自分が攻撃の対象になってしまう危険性があります。このような風景は漫画やドラマでよく見る風景ではないでしょうか。

 こうした組織的犯罪を発生させる仕組みは介護職場にもあります。

 老人ホームなどで問題行動のある利用者に対して、虐待を受容するような組織的な雰囲気は育ちやすいものです。「あの利用者なんとかしてください」「どうしようもないです。もう世話するのはムリです」そうした不満がスタッフから上司に集まり、具体的な対応策がとられずに放っておかれた場合、スタッフ組織がこの利用者に対する虐待行為を肯定しはじめるのは十分にあり得ることです。

 スタッフはストレスを抱えながらこの利用者に対応します。同じフロアーのスタッフが皆同様のストレスに晒されれば、スタッフ間に依存関係が生まれます。誰かが暴力的な介護を始めても、もうこの組織にはそれを糾す力学は生まれないでしょう。そして暴言や暴力的な介護を受けた利用者もまた心に新たな傷を負い、介護者に対して問題行為によって対抗するという悪循環が発生します。

 認知症で問題行動のある利用者に対する対応方法としては最悪のケースです。老人ホームで撮影されたケースはこのようなケースではないでしょうか。

認知症の研修を受けていれば、こうした悪循環について知識としては理解しているはずですが、組織として対応していると、時に倫理を見失ってしまう怖さがあります。

 私の母親が寝たきりで入院していたとき、無意識で点滴のチューブを抜いてしまうためか、両手をベッド柵に縛られていたことがあります。点滴をしていない時も縛られていることに私は疑問を持ちましたが、看護師さん達の雰囲気にはそうしたある種虐待に近い行為が普通のこととして受け止められている感じがありました。家族としてはとても辛いのですが、母親も自分が悪いのだと受け入れており、そうした雰囲気に私は何も訴えられなかったことがあります。

 病院や介護現場には外の世界とは別の雰囲気が流れていることを理解しておく必要があるでしょう。

 

次回はこうした虐待や犯罪行為を防止するための方策について考察したいと思います。