通所介護 実地指導で準備しておきたい書類 ガイド その2

◆会社経営上必ず必要な書類Ⅱ

 

(3)個人情報保護規定

 個人情報規定はその法人における個人情報の取り扱いを規定したもので、個人情報保護法に基づいて作成される必要があります。個人情報を扱う介護事業所としては整備しておいた方が良い文書であり、実地指導で作成するように指導される場合もあるでしょう。

 厚生労働省から「福祉分野における個人情報保護に関するガイドライン」が出ていますので、ご参照ください。

http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/seisaku/kojin/dl/250329fukusi.pdf

 また、具体的な規定のサンプルは以下をご参照ください。

http://www.pref.osaka.lg.jp/fukushisomu/kojinjoho-fukushi/

 

(4)組織規定等

 複数の事業所を経営している場合は、法人組織の全体がわかる規定や組織図などを要求される場合があります。

 これは特に兼務関係などをチェックする場合、組織規定に基づいて調査する必要があるからです。

 会社全体の組織図は、新入社員などへの説明に便利ですので、複数の事業所がある場合は整備しておく方が良いでしょう。

 

(5)従業員名簿 (労働者台帳等)

 従業員の基本情報は入社時に一般的な様式で提出してもらうのが普通でしょう。しかし労働基準法では労働者名簿に記入しなければならない事項として、

●性別●住所●従事する業務の種類●雇入の年月日●退職の年月日及びその事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む●死亡の年月日及びその原因 

が挙げられています。

 

厚生労働省のホームページに雇用関係の各種書式見本がありますので参考にしてみてください。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoujouken01/

 

(6)労働条件通知書(雇用契約書)

 介護関係の通知書の見本が、介護労働安定センターのホームページに掲載されていますので参考にしてください。

 http://www.dosuru.kaigo-center.or.jp/yousiki.html

 

 労働条件通知書には明示しなければならない必須事項がありますのでご確認ください。

  • 労働契約の期間に関する事項 ●就業場所、 従事すべき業務に関する事項●始業・終業の時刻、 休憩時間、 休日、 休暇、労働者を2組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項(シフト)●所定労働時間を超える労働、休日労働の有無●賃金の決定、計算 ・ 支払方法、賃金の締切り・支払の時期、 昇給に関する事項●初任給の金額、諸手当の金額の明示●退職・解雇(事由及び手続等)に関する事項●雇用契約終了事由の全事項

 

 

(7)賃金台帳、給付明細書、給与振り込み明細

 当然ですが、賃金台帳と給与明細は実際に従業員に支給している内容と同じでなければなりません。

 特に処遇改善加算を取得している場合は、その内容が明示されていることが必要になります。

 注意点として管理職でも現場で介護業務に従事している場合は処遇改善手当てを支給しなければなりません。逆に、介護業務に従事していない職員に本手当を支給してはいけません。異動で事務職員になった人などに手当が支給されていないか確認しておく必要があります。

 給与振り込み明細は生活相談員などが架空の職員ではないかと疑われる場合、チェックされます。きちんと雇用され給与が支払われているかを確認します。

 

(8)職員履歴書

 採用時に提出してもらう履歴書です。労働条件通知書や従業員名簿などと一致している必要がありますが、引っ越しや婚姻などにより住所や名前が変わっている場合は住民票など変更が確認できる文書の徴取保管が必要です。

 

(9)資格証明書

 資格証明書は原本で確認することが求められています。控えのコピーに「〇月〇日原本確認」と記入し、確認者の印鑑が押されていると完璧でしょう。

 

(10)職員出勤簿

 タイムカードなど客観的な記録となっているものが望ましいですが、給与計算用に使っているソフトから出力した出勤簿でも、給与の支払い実績(賃金台帳の内容)との整合性が取れていれば大丈夫でしょう。

 注意点としては役員などで出勤記録を取っていない場合、その役員が介護現場に出ている時(従業者の勤務の体制及び勤務形態一覧表に名前が載っている場合)は、役員の出勤記録も適切に残しておく必要があります。

 

 

(11)会計関係書類

 介護保険事業では事業ごとに会計を区分して決算処理をすることが義務付けられています。詳細については以下のサイトをご覧ください。

http://www.wam.go.jp/wamappl/bb05Kaig.nsf/vAdmPBigcategory20/1A5D0E228DA623954925703600278835?OpenDocument

 依頼している会計士がこの規定を知らない場合があります。上記サイトの文書を印刷してお付き合いしている会計士に見せると良いでしょう。

 事業ごとの収支を決算処理していない場合は、実地指導で修正を指導される場合があります。

 

(12)設備備品台帳

 税務署に提出する決算書類で減価償却の計算用の設備備品台帳ではだめな場合があります。事業所ごとに必要な設備や備品を一覧にしたものがあれば良いのですが、実際の実地指導では直接現場で書庫や送迎車(車検証)などを確認する場合が多いので、一覧表を作成しなくても良いかもしれません。

 作成するように指導された場合は作成すれば良いでしょう。

 

 以上が介護事業を経営するうえで必ず必要な書類です。次回は実際の通所介護運営において整備しておかなければならない書類です。

 

 

 

 

通所介護 実地指導で準備しておきたい書類ガイド その1

 

今回は、通所介護事業所の実地指導で準備しなければならない書類ガイドです。

行政の実地指導では「人員基準」「設備基準」「運営基準」に基づき業務チェックがされますが、各基準の文言を見てもどのような書類をチェックされるのか、明確ではありません。

 

我が国の行政業務は「文書主義」という形式をとっており、様々な活動や行為の事実根拠を記録された「文書」により確定させる方式を取っています。

従って、介護事業所の様々な活動も文書により説明しなくてはならず、口頭では根拠になりません。

いくら適切に事業運営を行っていても、記録された文書で説明できなければ認めてもらえません。

 

通常、行政が実地指導に入る時には、事前に準備するべき書類を指示してきますが、必ずしもすべての書類を指示してくるわけではなく、「人事関係書類」などというように、一括りで指示してくる場合も多いようです。

 

ここではそうした書類について網羅的にガイドさせていただきます。

以下は主に株式会社で必要な書類です。

また、今回は通所介護事業所に限定しましたが、他の事業所でも同様の書類が必要ですので参考にしてください。

 

◆会社経営上必ず必要な書類

(1)定款

定款には事業「目的」が記されており、この「目的」が適切かどうかチェックされます。

 

小規模通所介護から地域密着通所介護に移行した場合は修正が必要になります。また、将来、総合事業に移行する際も変更が必要ですので併せて変更登記しておく方が良いでしょう。

以下は介護事業を経営する際の定款の「目的」標記例です。

ただし、介護予防及び地域密着型・生活支援総合事業については各区市町村により指示がありますので、そちらをご確認してください。

サービス名 定款への記載
訪問介護、訪問入浴介護、訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅療養管理指導、通所介護、通所リハビリテーション、短期入所生活介護、短期入所療養介護、特定施設入居者生活介護、福祉用具貸与、特定福祉用具販売 介護保険法に基づく居宅サービス事業
夜間対応型訪問介護、認知症対応型通所介護、認知症対応型共同生活介護、小規模多機能型居宅介護、地域密着型特定施設入居者生活介護、地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護、地域密着型通所介護事業 介護保険法に基づく地域密着型サービス事業
居宅介護支援 介護保険法に基づく居宅介護支援事業
介護老人福祉施設、介護老人保健施設、介護療養型医療施設 介護保険法に基づく施設サービス事業(公益法人のみ)
介護予防訪問介護、介護予防訪問入浴介護、介護予防訪問看護、介護予防訪問リハビリテーション、介護予防居宅療養管理指導、介護予防通所介護、介護予防通所リハビリテーション、介護予防短期入所生活介護、介護予防短期入所療養介護、介護予防特定施設入居者生活介護、介護予防福祉用具貸与、特定介護予防福祉用具販売 介護保険法に基づく介護予防サービス事業
介護予防認知症対応型通所介護、介護予防小規模多機能型居宅介護、介護予防認知症対応型共同生活介護 介護保険法に基づく地域密着型介護予防サービス事業
介護予防・日常生活支援総合事業(訪問型) 介護保険法に基づく第1号訪問事業
介護予防・日常生活支援総合事業(通所型) 介護保険法に基づく第1号通所事業
介護予防支援 介護保険法に基づく介護予防支援事業

 

(2)就業規則

小さな会社(従業員10人以下)でも就業規則は作成したほうが良いと思います。理由は職員の処遇を規定するものであり、処遇改善などの根拠になるものだからです。作成していない場合は実地指導で作成するように指導されることが多いと思います。

また、正社員だけでなくパート職員の就業規則も別途作成したほうがベターかと思います。

就業規則では以下の規定がチェックされます。

 

①勤務時間

正社員=常勤職員の勤務時間がチェックされます。この勤務時間は、いわゆる常勤換算の基準になるもので、通常週40時間以内で規定されていなければなりません。

 

②健康診断の規定

労働安全衛生法では一人でも(常時雇用するパートを含む)従業員を雇用している場合は会社負担により、従業員に年1回健康診断を実施しなければならないことになっています。

介護保険法とは関連しませんが、介護事業所として職員の感染症予防などの観点から、毎年、全ての従業員実施されていることが望ましく、実地指導で指摘される場合もあります。

法定の健康診断については以下を参照してください。

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000103900.pdf

 

③個人情報保護

職員が職務上知りえた利用者や家族の個人情報をみだりに外部に漏らさないことを規定していなければなりません。

また、採用の際、その約束を「誓約書」の形で提出させる必要があります。場合によってはこの誓約書をチェックされる場合もあります。

サンプルは以下の通りです。

              個人情報保護に関する誓約書

株式会社  〇〇

代表取締役         殿

 

私、「氏名:               」(以下、「甲」という。)は、個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57条)及び株式会社〇〇(以下、「乙」という。)の「個人情報保護規程」の各条項を遵守し、業務遂行することを約束し、本誓約書を提出するものとする。

 

(情報の定義)

第1条 本誓約書における「情報」とは、文書及び口頭並びに物品を問わず、乙並びに乙の利用者、利用者の保護者及び身元引受人等、利用者に関係するすべての個人(以下、「利用者等」という。)より開示された乙の個人情報を含む内部情報及び乙の利用者等に関する一切の情報をいう。ただし、次の各号のいずれかに該当するものについては、この限りではない。

(1) 相手方から開示された時点で、すでに公知となっているもの。

(2) 相手方から開示された後、自らの責めによらず公知となったもの。

(3) 正当な権限を有する第三者から、開示に関する制限なく開示されたもの。

 

(機密保持)

第2条 甲は、前条に規定する情報について、乙の代表者からの指示なくしては、その情報開示の権限を有しない第三者に漏洩又は開示してはならない。

 

(情報の返還)

第3条 甲は、乙に在職していた間に、甲が保有する乙及びその利用者等から開示された情報に係る記録及びそれを基に作成された一切の資料・媒体を、退職日までに速やかに返還しなければならない。

 

(有効期間)

第4条 本誓約の有効期間は、本誓約書の提出日より退職日以降○年とする。

 

(損害賠償)

第5条 本誓約に違反し、乙の利用者等に損害を与えた場合、乙の就業規則第○○条に規定する制裁の有無にかかわらず、損害賠償の責を免れないものとする。

 

以上、本誓約の成立の証として、本誓約書を1通作成し、甲は乙に記名捺印の上、提出するものとする。

 

平成   年   月   日

(誓約者)  住所:                        

氏名:                       印

 

④昇進・昇格などの規定

処遇改善加算Ⅰを取得している場合は、キャリアパス要件の中で必ず規定がなければなりません。

内容は次に述べる賃金規定とリンクしている必要があります。

 

(3)賃金規定

①昇給などの基準

こちらも、処遇改善加算Ⅰを取得している場合は、規定がなければなりません。

 

②処遇改善加算手当の規定

処遇改善加算をどのように支給するかの規定を定めるよう求められる場合があります。

これまで、処遇改善加算の支給方法は「処遇改善加算計画書」の職員への周知によりその支給方法を知らせる形式がとられてきましたが、今後、賃金規定の中で明確に規定することが求められるようになると思いますので、規定していない場合は早めに規定したほうが良いでしょう。

 

次回、順次、必要な書類についてご説明していきます。

 

 

 

高齢者の住宅と介護—「不安」という問題 最終回

◆空き家対策と高齢者住宅

 

http://www.sankei.com/politics/news/160307/plt1603070007-n1.html

今年に入って、国土交通省は増え続ける空き家を利用した低所得者向け住宅の整備に補助金の検討を始めました。

空き家の一軒家をリフォームしてバリアフリー化すれば、低所得の高齢者向け住宅として活用できるのでしょうか?

それは無届介護ハウスとどのような違いがあるのでしょうか?

 

前述の高齢者向け優良住宅は古くなったアパートなどをリフォームして高齢者向けの住宅にしていますが、都内では補助金なしで8万円程度です。8万円では多くの生活保護の人は入居できませんので、この政策により供給される住宅の家賃は生活保護で利用できる5万円程度でなければなりません。

 

すると単純計算で、最低でも一月3万円の補助金が必要になるのですが、古くなったアパートのリフォームとは違い、一軒家に複数の高齢者を入居させるようなリフォームにかかるコストは、はるかに高いのではないかと思えます。

 

だとしたら、一軒家を平地の戻しバリアフリーのアパートを建てた方が耐用年数などからの面で有効でしょう。そこに補助金を出してあげれば、不動産事業として十分に成り立つと思いますが、なかなかそうもいきません。

 

◆都市部の高齢者は介護が必要になると郊外へ転出しなければならない

 

都心部では軽費老人ホームや安価なサービス付き高齢者住宅が足りません。

これは、空き家などの土地の再利用システムが全く働いていないことが大きな原因です。空き家は沢山あるのに虫食い的にあるために、必要な社会資源に転用できないのです。

 

そのため、都市部の高齢者は、介護が必要になり、高齢者向けの住宅に住み替えたくても、地域に手ごろな住宅を見つけることができません。家賃の安い郊外や地方の住宅に引っ越しをせざるを得ない状況です。

これでは住み慣れた地域で介護を受ける、地域包括ケアが機能しないことになります。

 

総務省の調査では高齢者が東京都から家賃の安い郊外へ移転する状況が見て取れます。

http://www.stat.go.jp/data/topics/topi972.htm

ただでさえ団塊の世代がドーナッツ化しているのに、大都市の周りに高齢者のドーナッツ化が進行します。これでは、医療費や介護費の面で地域間に大きな不均衡が生じるでしょう。

 

しかし、都市部には億ションやホテルが立つのになぜ高齢者向けの住宅はできないのでしょう。答えは簡単で、収益率が低いからです。要は儲からないから。

免税や補助金によるバックアップはあっても、そろばん勘定の段階で高齢者住宅のプランは弾かれてしまっているようです。

収支が立つのは土地代の安い郊外のみのようです。このままでは東京は高齢者が住めない場所になりそうです。

 

◆都心部の虫食い的な未利用地の福祉事業への利用には法的措置が必要

 

都心部で一軒の空き家を平地に戻しただけでは、優良な高齢向けの共同住宅はとても狭くて建てられないでしょう。何件かをまとめて平地にする必要があります。現在、その際の地権者との交渉や調整は事業者がやらなくてはなりません。

 

行政のサポートがあれば事業者もやる気を出すかもしれませんが、何もサポートが無く事業者がメリットを感じなければ誰も手を出しません。

 

「空家等対策の推進に関する特別措置法」http://www.mlit.go.jp/common/001080534.pdfなどの運用により、事業者が地権者間の調整が容易にできるような、法的な後ろ盾をすることができないかと思います。

 

◆都心部で静にスラム化する声なき低所得高齢者

 

都心部の生活保護の独居高齢者は、ほとんどが老朽化した賃貸アパートなどで生活をしています。持ち家がある人でも介護が必要な人にとっては、劣悪な住宅環境で生活している人も少なくありません。

 

住み慣れた家で老後を過ごすことが理想とされていますが、転倒リスクが高かったり家事などの生活手段が成り立たない住宅では、介護保険法制度が理想とする自立した生活を営むことは不可能でしょう。

 

「社会保障と税の一体改革」の中で高齢者の生活保護制度が年金に一本化できるのは相当先のようです。

http://www.nikkei.com/article/DGXLZO03051550R00C16A6EA1000/

静かに進むスラムが、我慢強く声を上げない日本の高齢者に甘んじているわが国の恥部にならないようにしたいものです。

 

そして、その人たちに向けたサービスを提供している介護職がもっとも多くそれを目撃しているはずです。

だからこそ、介護に携わる人間が、無届の介護ハウスをやらざるを得なくなるのです。

 

現在、都内で国民年金などの自費でグループホームに入れない低年金高齢者はおそらく6割から7割程度に達するのではないでしょうか。誰かが、こうした低所得高齢者向けに安心して生活できる場所を提供しなければなりません。

我が国の年金制度と高齢者住宅制度の失敗が、無届介護ハウスという形になっていることは明らかです。

 

 

◆一生住み続けられる住宅が欲しい

 

ユニバーサルデザイン住宅という発想があります。高齢者向けとか障害者向け住宅というカテゴライズではなく、どのような人でも必要に応じてカスタマイズして、死ぬまで住み続けられるような住宅デザインのことを言います。

http://sumai.panasonic.jp/sumai_create/setsubi/200502/

 

その際、手すりの設置などのカスタマイズは安価にできなければなりません。高額なリフォーム費用が必要なものはユニバーサルデザインとは言えません。

 

介護の必要になった高齢者は住宅事情などにより地域社会から退場しなければならないのが、都市部での現状です。

しかし、すべての住宅が最初からユニバーサルデザインにより簡単にバリアフリー化できるような設計になっていれば、アパートの一人暮らしでも死ぬまで地域に住み続けることが可能になるでしょう。

 

介護が必要になっても一生住み続けられるマンションやアパートを販売するという発想は今のところあまり見受けられません。一部、三世代住宅など高級注文住宅にはユニバーサルデザインが採用され始めています。しかし、都市部の低所得者向けの住宅ではまったくそんな発想はないでしょう。

 

多様な人々が共住できる都市はユニバーサルデザインでなければならないという学術的な思想は昔からありますが、そのような発想の民間の共同住宅は今のところ商品価値がないのでしょうか?

筆者はそうは思いません。

 

OECDは2050年までに人類の70%が都市部に住むと予想しています。

https://www.oecd.org/env/indicators-modelling-outlooks/49884270.pdf

このままでは東京は、「下流老人のスラム化」が進み、多様性のないストレスフルな都市になってしまいそうです。

 

 

 

 

 

高齢者の住宅と介護—「不安」という問題 その4

 

なぜ無届の介護施設を利用するのでしょうか?以下のような理由があるのではないかと考えています。

 

◆理由1 在宅生活を勧めてくれる総合的相談窓口ない

 例えば、生活保護の高齢者が脳梗塞で入院し退院する時、本人が自宅に戻って生活ができないと判断した場合、どんな住宅に入居するか相談する人が誰かによりその先が変わってしまいます。

(1)区市町村の保護課のケースワーカーである場合

 担当するケースワーカーが、無届ハウスを紹介してしまう場合がある。

(2)病院の退院支援担当も上記と同じケースが考えられる

(3)ケアマネージャーに相談する場合は、サ高住か無届ハウスしか選択肢がない

 

そもそも、本人が「自宅で生活できないという」判断をし、医師がそれを認めれば、それを覆すことはできません。病院は無届ハウスだろうがサ高住だろうが退院させればそれで良いのです。同様にケースワーカーも保護給付額に見合うことだけが重要で、安ければ安いほど歓迎します。

 

問題は本人が入院中に「自宅で生活できないとい」と判断してしまった場合、その不安をしっかり受け止めて、在宅介護の知識がある相談者が「そんなことは無いですよ、こうこうこうすれば自宅で前と同じように生活できますよ」と説明できる機会が無いことです。自宅に戻らないと本人が判断した瞬間に、在宅ケアの専門家であるケアマネージャーは排除されてしまう現実があります。

 

ケアマネージャーはサ高住や無届ハウスなどに入居が決まった後登場してきます。本人の不安を受け止め、心身の状況や財力を総合的に勘案して、退院後に住む場所を一緒に考える人が必要です。

 

◆理由2 低額なサービス付き高齢者住宅や軽費老人ホームが一杯で入れない

特に地代の高い都心部はほとんど需要に応えられる状況ではありません。少し離れたた郊外の他自治体であれば空きがありますが、住み慣れた地域を離れることへの抵抗があるかもしれません。

 

また、生活保護の人の他地区への引っ越しにはいろいろと制限があり、高齢者にとっては非常に面倒な手続きもこなさなければなりません。さらに、引っ越し費用などの金銭面でのトラブルも起こりやすくなります(地方の無届ハウスの中にはこうした手続きを代行してくれる業者もいるようです)。

 

地域の低額な高齢者施設に空が無ければ、ケースワーカーはとりあえず住める場所を探すしかありません。結果、無届だろうが受け入れてくれる施設を選択するしかないでしょう。このようなことはMSWでも同じだと思います。

 

 

◆地域包括支援センターが機能していない

 

下流老人http://ironna.jp/theme/388という本が昨年出版され流行語にもなっています。下流老人の定義は以下のようです。

1(高齢期の)収入が著しく少ない

2 十分な貯蓄がない

3 周囲に頼れる人間がいない(社会的孤立)

このうち社会的孤立が無届ハウスなどに繋がる大きな原因です。

 

生活保護の高齢者は多くが周りに助けてくれる親族がいません。お金の切れ目が縁の切れ目ということが、下流老人には現実に起こります。

さらに高齢者や障害者は自力での社会適応能力が低下します。だから支援が必要なのですが、その支援がうまく届いているかというと、はなはだ疑問です。

 

地域包括センターにはソーシャルワーカー(社会福祉士)とケアマネージャーがいて協働しています。本来は地域包括センターが高齢者の地域での生活を支え社会的に孤立しないようにするはずですが、実態は地域包括センター自体が無届ハウスを紹介している状況です。

 

無届ハウスすべてが問題であるとは言えませんが、なぜ在宅介護の要である地域包括センターが安易に無届ハウスを紹介してしまうのでしょう。

 

この課題は少々複雑です。一つのケースを紹介します。

 

認知症の親の介護負担が重く同居家族が悲鳴を上げており、親の年金ではグループホームに入れない。生活保護を受給してグループホームに入居することは家族の収入から無理。要介護2なので特養も無理。低価格のサ高住を探したが、認知症のレベルがひどいので入居不可(高額な物件はあり)、軽費老人ホームや老健も同様で不可。こうしたケースの場合、担当するケアマネージャーは家族に対して在宅介護を継続するよう説得することができるでしょうか。

 

小規模多機能の宿泊サービスなどを利用しながら、在宅介護は可能だと思いますが、それも拒否された場合、あとは病院に入院するか、無届でも受け入れてくれる業者を探すしかないでしょう。

 

ケアマネージャーが地域包括と相談しながら、区市町村の保護課と交渉してなんとか生活保護を認めてもらうようお願いしても、区市町村の下請け組織である地域包括に援護を期待するのは難しいでしょう。

 

こうした場合、地域包括は無届介護ハウスのリストを持っており、ケアマネージャーに紹介してくれます。本当ならば家族が年金では足りないグループホームの費用を出して、正規の介護サービスに繋げるのが筋なのですが、家族にとってグループホームと無届介護ハウスの違いが判らなかったり、少しでも安く済ませたいと訴えられると、ケアマネージャーも地域包括もなかなか強要はできません。

 

 

◆低年金の高齢者の住宅政策は相当の改善が必要

 

前述のケースでは、国は家族に頼らず、自分の年金でグループホームに入れるように生活保護制度を改善するべきでしょう。それが福祉先進国のスタンダードです。

 

国が本当に介護離職(家族の介護負担による退職)を減らしたいならば、一人の高齢者が死ぬまで金銭的に自立して生きてゆけるようにしなければ、家族の介護負担はいつまでたっても軽減しません。

 

低年金の生活保護高齢者に引っ越しの自由が無く、住居選択の自由が奪われることは社会保障制度自体が人権侵害をしていることにもなります。

 

「税金で生きているのだから当たり前だろう」というのは、福祉後進国の人の発想です。この国に生まれ、まじめに働いて税金と国民年金を納めていた人は、死ぬまで金銭的に自立して生活できる社会保障制度にしなければなりません。いまだ、この国にはそれができません。

 

これでは多くの人が老後の不安を抱えて生きなければならないのは当然のことでしょう。

 

次回は、介護福祉の視点から今後の高齢者住宅のビジネスについて考察します。

 

 

高齢者の住宅と介護—「不安」という問題 その3

◆無届・無登録の高齢者ハウス

 

前回述べた、「社会福祉各法に法的位置付けのない施設」は「無登録の高齢者ハウス」という問題として表面化しています。この問題は平成21年に起きた群馬県の無届老人ホーム「静養ホームたまゆら」の火災で10人の方がなくなった事件により、世間に知られるようになりました。

http://www.wam.go.jp/wamappl/bb11GS20.nsf/0/66c44ff467bec177492575e10007762d/$FILE/20090626_3shiryou4.pdf

 

しかし、最近になり増えてきたのはいわゆる包括介護サービスを提供する老人ホーム型の無届施設ではなく、訪問介護など外部の公的介護サービスを利用するタイプです。その仕組みについて説明しましょう。

 

通常サービス付き高齢者住宅や老人ホームは都道府県への届け出が必要です。こうした届け出をせず要介護や要支援の高齢者を入居させ、訪問介護などの介護サービスを提供するのが無届け介護ハウスもしくは無認可の高齢者ハウスと呼ばれるものです。

呼び方はいろいろのようですが「グループハウス」や「高齢者シェアハウス」昔は「託老所」などと呼ばれてもいました。昨年、NHKクローズアップ現代でその問題が放送されました。

http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3602/1.html

 

こうした無届ハウスの筆者が考える問題点をまとめると以下の通りです。

 

1 住宅としての質が悪い場合がある(雑魚寝の状況など)

2 費用の妥当性(生活保護費を全額徴収され、金額が不当に高い場合がある)

3 食事などの生活サービスが劣悪な場合がある

4 介護保険サービスの契約の自由が担保されない(業者を選べない。こうしたハウスの多くがケアマネや訪問介護が付帯しており、そこを利用しなければならない)

5 訪問介護サービスなどは住所地特例が適用されない(老人ホームやサ高住は他地区から引っ越してきた場合、前の住所地の自治体が介護費を負担する)そのため、家賃の安い地方に無届ハウスが増えると、その自治体の財政がひっ迫する。

6 ハウス内に感染症が蔓延しやすい(通常のマンションなどと違い、同じ介護スタッフが各居室を巡回してサービス提供するため、介護スタッフが感染を媒介したり、共用スペースがある場合、感染者の出入りを誰も管理しないため、入居者間で簡単に感染が広がってしまう)

7 区市町村の生活保護課はこうしたハウスを頼みの綱としており、特養に入れない生活保護の要介護高齢者の住みかとして利用されている(行政の中でねじれ現象)

8 病院の退院支援担当(MSWなど)も同様に頼りにしている

9 地域包括センターさえ頼りにしている場合がある

10 介護保険サービス事業所と同程度のマニュアルを整備する義務が無い(災害時対応・緊急時対応・苦情処理対応など)

11 火災報知機やスプリンクラーなどの防災設備がない場合がある

 

などなどです。

前回紹介した高級な高齢者向けマンションなどは、入居者に不利益が無いよう、ある程度質の高い設備やサービスを提供しています。

問題は低所得者向けの無届ハウスです。

 

介護現場で見る風景としては、介護が必要になった高齢の親のために、お金を払って良い施設に入ってもらおうという子供は相当のお金持ちか、その親が資産を持っている場合のみです(あとで帰ってくる)。

今の世の中、「老後に必要なお金は親自身のお金で賄う」というのが一般的な考え方であると思います。

従って、生活保護の親の世話にお金を出してまで面倒見る子供は少なく、住宅を探す場合でも、親の持っている財力で入居できるところを探すことになります。

 

もともと、古いアパートや住宅に住んでいた親が、介護が必要になり引っ越す先として、豪華な老人ホームでなくても良いのではないかという考えもあるでしょう。特養に入れないならば、家賃の安い高齢者シェアハウスのような施設でも大して変わらないのではないか?子供としては、そのように考えるのも仕方がないことだと思います。

 

もとも日本人は慎み深い国民です。体が不自由になった高齢者が、ともあれ「不安」なく生活できれば、多少環境が悪くても(低所得の高齢者であれば、場合によっては元々住んでいた自宅よりはマシだったりする)多くを望まず耐え忍ぶことができてしまいます。そうした忍耐力の強さに行政や業者も甘んじてきた部分もあるのではないかと思います。

 

 

◆高齢者は何はともあれ、「不安」を解消してくれるサービスに頼る

 

グループハウスのような高齢者が集まって助け合いながら共同で生活するという発想は昔からあり、そもそも江戸時代の長屋などは助け合いと相互監視の発想から形成された住宅方式であり、共同住宅の形式としてなんら非難されることでは無いと考えます。

 

体が不自由になり、もう自宅では生活ができないとなった時、自分の収入で得られるとりあえずの「安心」として無届ハウスは非常に手ごろであり、逆に言えば他に選択肢が無いというのが現実でしょう。

 

しかし、その人が無届施設に支払うお金と同程度のお金を払えば、低額なサービス付き高齢者住宅や軽費老人ホームに入居できる場合があります。

さらに言えば、筆者などは、たとえば病気で入院し退院する際、「もう自宅で生活できない」という人でも、住宅改修や福祉用具、訪問介護や看護を利用すれば、ほとんどの人が元居た自宅で生活できると考えています。多くの在宅介護のケアマネージャーもそう考えるでしょう。

 

なのになぜそのような無届施設を利用するのか?ポイントはその「不安」を解消できる能力が我が国の社会保障制度に備わっていないということです。

次回はその理由を具体的に考察したいと思います。

 

 

高齢者の住宅と介護—「不安」という問題 その2

◆元気なうちから抵抗なく入居できて介護の「不安」が無い住宅とは

 

最近になり、新しいコンセプトのアクティブシニア向け分譲マンションが出始めています。筆者の挙げた条件では、キッチン以外の条件はほぼ満たしています。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1103W_R10C14A4EE8000/

分譲マンションですからキッチンの改造も可能でしょう。

 

リンク先は主に夫婦向けにコンセプトされたマンションのようで、イメージとしては今まで一軒家など広い家に住んでいたが、子供も成長し、これから2人で余生を過ごすにあたり、シンプルで不安の無い生活をしたい方向け、といった感じです。前の家を売った資金で買ってくださいということでしょうか。

 

しかし、老後になって、誰でもこの値段の分譲マンションを買えるとは限りません。

例えば夫がサラリーマンをしていた70歳前後のご夫婦の場合、自宅のローンがやっと支払い終わり、後は貯金を切り崩しながらの年金暮らしとなるのが一般的なパターンです。

その時、古い自宅を売却しても、このマンションの購入資金が作れるほどの値段が付くか疑問です。

 

70歳前後で引っ越し、あと20年程度住むのであれば、賃貸の方が得のような気もしますが、リフォームなどを考えると悩むところです。ご夫婦の場合であれば、どちらかが先だった後も住宅の不安が無いという意味では分譲のほうが良いかもしれません。

 

とはいえ、多くの人は老後の資金に不安があり、分譲マンションにはなかなか手が出ないのが現実ではないでしょうか。また分譲は相続税の問題もあります。結局、若いころに購入した住宅に、死ぬまで住み続けた方が、面倒が少ないという判断になりがちです。リフォームによるバリアフリー化ができれば良いですが、できなければ老後の不安は増長してゆきます。

 

20年後、東京の高齢者世帯の44%が一人暮らしと言われています。一人暮らしの高齢者が安心して生活ができる住宅の在り方をもう少ししっかり考えていかなければならないと思います。

 

 

 ◆東京シニア円滑入居賃貸住宅

 

https://www.tokyo-machidukuri.or.jp/sumai/senior.html

国土交通省が主導する高齢者向けの優良賃貸住宅制度です。一般のアパートなどをバリアフリー化し通常は借りにくい高齢者でも賃貸が可能な制度になっています。

こちらは住宅だけですので、介護が必要になった場合は、公的介護サービスを別途依頼する必要があります。

 

こうした優良住宅の多くはアパートやワンルームマンションをバリアフリー化したものが多いようです。家賃は一般的な賃貸アパートの相場よりも、少し高く設定されているような感じがあります。前述のサ高住よりも高いイメージがあるのは、事業者に補助金などの公的支援制度が無いからかもしれません。また、バリアフリー化のリフォームコストも乗っかっているからでしょう。

 

23区内の相場は8万円以上のようです(一部6万円前後もあり)。厚生年金だけで生活する一人暮らしの高齢者にとっては、生活を維持するに、ぎりぎりの値段設定ではないでしょうか。生活保護による家賃補助を受けている高齢者にとっては、区市町村の判断もありますが入居は難しい金額かもしれません。23区内の住宅扶助費は5万円台であり、その程度で入居できる住宅はほんの一部です。

 

 

 ◆高齢者の50%が生活保護なのにその人たちの住宅政策は混沌とした状況

 

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG01H33_R00C16A6CR0000/(生活保護、高齢者が初めて50%超す 厚労省調査)

東京都の生活保護の高齢者は15万人程度いらっしゃるようです。

一方、都では都市型軽費老人ホームという生活保護の人でも入居できる老人ホームの制度を推進しています。現在こうした軽費老人ホームの定員は約4,000人。また、低価格のサ高住や住宅型有料老人ホームに入居している生活保護の高齢者は26年5,140人となっています。ちなみに特養の定員は4万人程度です。

 

すると都では10万人程度の生活保護の高齢者が自宅や賃貸住宅に住んでいることになります。その住環境に関する調査は見つかりませんでした。しかし、あまり良好な住環境でないことは想像できます。全国では単純計算で100万人以上になるでしょうか。

 

厚生労働省は主に生活保護受給者が入所している「無料低額宿泊施設」および「社会福祉各法に法的位置付けのない施設」について、施設数と入所者数を公表しました。

「無料低額宿泊施設」とは、無料または低額な料金で宿泊や食事などができる施設で、都道府県知事への届出により開設できる簡易宿泊所のような施設です。いわゆる、ドヤ街などにある寝床だけしかないような狭隘な宿泊施設が殆どと考えて良いでしょう。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B0%A1%E6%98%93%E5%AE%BF%E6%89%80

 

 

「無料低額宿泊施設」は現在全国に537あり、入所者15,600人中、生活保護受給者数は14,143人。東京都は161施設で、生活保護受給者は3,779人です。

また、「社会福祉各法に法的位置付けのない施設」とは、いわゆる高齢者などを対象にした無届の入所施設です。全国に1,236施設あり、入所する生活保護受給者等の数は16,578人です。http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000134572.html

 

そもそも、生活保護の高齢者が増えてしまったのは、日本の年金制度の失敗であり、若いころからまじめに働いて、政府の指示どおりに年金積立してきた人でも、老後に自力で生活できる額の年金がもらえない制度設計自体に問題があると言わざるを得ません。

そもそも、国民の生活を生涯にわたって支える社会保障制度は個人年金の積み立では維持できないことはわかっていたはずです。その歪が高齢者の半数が生活保護という形で表面化しています。

 

よく、生活保護の人を「税金泥棒」扱いする意見を見聞きしますが、まじめに国民年金に加入して働いてきたのに、「税金泥棒」扱いされるのは本当に気の毒だと思います。

さらに言えば、たとえ大企業年金の人でも老後の生活レベルを維持するには額が足りないと言われています。

国民の老後保障は税金を投入しなければ維持できません。そのための消費税増税も先送りになりました。この国の政治は「臭いものには蓋をして」先送りする政治をずっとやってきました。いまだにその姿勢は変わらないような気がします。

 

若者達はまじめに普通に働いていても老後の生活が暗い可能性があることを、感覚的に感じ取っています。将来、年をとってもバリアフリー化したユニバーサルデザインの住宅で安心して生活できることが保障される社会にしなければなりませんが、公共住宅の仕組みは混沌とするばかりです。

 

 

次回は今後の低所得者向け住宅の在り方や、介護ビジネスについて考えます。

 

 

高齢者の住宅と介護—「不安」という問題 その1

◆特別養護老人ホームの待機者が減り始めた

http://mainichi.jp/articles/20160701/k00/00m/040/092000c(毎日新聞)

 

2015年の介護保険制度の見直しにより入居条件が要介護3以上になるとともに、1割負担から2割負担になる人の利用料金が上がることなどが影響し、特別養護老人ホームの待機者が減り始めているようです。

 

政府は国民の介護負担の軽減を目指し、親の介護などが理由による退職者(介護離職)が出ないようにしようとしていますが、現実的には逆方向の結果がでているかもしれません。

そもそも、待機者はその時点で在宅や他の施設で生活しているわけですが、そうした現状での生活に不安があるから特養に申し込んでいるわけです。

 

これは我が国の介護を必要とする多くの高齢者(とその家族)が不安を抱えながら生活をしているということであり、待機者が減ったからと言ってそれが改善されたわけではありません。

 

介護離職をする人も親の介護の不安に押しつぶされるような形で離職をしているケースが多く、我が国の介護保険制度自体が国民のニーズに応えきれていないということを明示しているものだと思います。

 

経済の面で見れば、こうした老後の生活不安が、消費意欲を低下させ、経済成長を阻んでいることは明らかです。それゆえに国は消費増税による社会保障の改革を目指していたのですが、現政府は現状に甘んじているような気がします。

このままなし崩し的に、団塊の世代が後期高齢者へと突入していくのでしょうか?これでは国民の老後生活不安は一向に払しょくできないでしょう。

 

 

◆老後の住宅探しは結構、難題

 

筆者が年を取り体が不自由になり始め、余生を過ごす住宅を探さなければならなくなったら、どのようにするだろうかと想像してみました。すると、意外と悩んでしまうことに気が付きました。

 

現在、古い1軒家に住んでいますが、後10年程度で限界が来るのではないかと思います。するとその後に住む住宅は終の棲家になることを考えて、どのようなものが良いか、条件をシミュレーションしてみました。

ちなみに筆者は現在、独り身の男性で、今の家は整理することにして、後腐れが無いよう死後の資産が残らない前提での住宅探しとなります。

その際のキーワードは「不安の無い余生です」。

 

≪条件シミュレーション≫

1 基本的に住み慣れた地域での生活の方が不安はないだろう

2 例えば脳梗塞の発症などにより要介護になった場合でも、自宅で生活が続けられること

3 あまり広い住居ではなく、できるだけシンプルな生活をしたい

4 できれば老人ホームなどのサービス付きの施設ではなく、介護が必要になったら在宅サービスを利用して余生を過ごしたい

5 住宅内はバリアフリーであり介助を受けながら車いすでの生活も可能、一人で外出もできる

6 元気なうちは地域で趣味やスポーツ、ボランティア的な活動をするなど社会とのつながりを作りたい

7 できるだけ食事は自分で準備したいので体力低下しても買い物代行などが利用でき、台所も使える工夫がほしい(椅子に座って作業できるキッチンや手すり設置、電磁調理器など)http://www.lixil.co.jp/products/kitchen/welllife/index.html

8 その他基本的な住宅設備については通常のワンルームマンションなどと同様

 

とりあえず以上のような条件で、実際にネットなどで賃貸住宅を探してみました。しかし、現状では自分のイメージな合う住宅を探すのは相当困難であるという実感を持ちました。そもそ良い物件が見つかっても高齢者には貸してくれない場合もあります。これでは老後に安心して生活できる住宅探しなんてできるのだろうかと思います。

 

 

◆サービス付き高齢者専用住宅はどうだろう

 

筆者のイメージする老後の住宅として、一番イメージに近いのはサービス付き高齢者専用住宅(サ高住)になるかもしれません。

 

サ高住は今住んでいる地域に沢山ありますし、家賃も手ごろです。住宅内はバリアフリー化されており、外出も自由で、部屋も普通のワンルームマンションと変わりはありません。

 

しかし、実際に元気なうちに入居と考えると、少し考えてしまいます。

現状のサ高住は住宅型老人ホームとほとんど変わりません。介護サービスを外部の在宅サービスを利用するだけで、実際は前述の特別養護老人ホームや有料老人ホームに入居できない方の入居施設となっている感があります。

まだ、元気なうちからそうした住宅を選ぶことには抵抗があります。いわゆるアクティブシニア向けの住宅にはなっていないのが現実ではないでしょうか。

 

また、介護が必要になったときケアマネジャーを自分で選び、ケアプランンを自分なりにアレンジすることがやりにくそうな感じがします。

多くのサ高住では在宅介護サービスが委託契約などにより付随しており、他の事業所を選択することは可能なのですが、付随するサービス事業所を断るには少し抵抗があります。また、元気なうちには必要のないサービスが付随している場合もあり、余計なコストになっている気もします。

 

◆国は老後の住み替えモデルをもっと提示して環境整備を進めるべき

年を取ればいつ要介護になるかはわかりません。要介護になってから別の住宅に引っ越すことは環境変化に弱い高齢者にとっては不安があるところです。

引っ越しによる環境変化を楽しめる程度に体力が残っている時期に入居するのがベストのタイミングなのですが、周りの入居者の多くがすでに要介護者であったりすると、「元気なうちからわねぇ・・・」という抵抗感が沸いてきます。

 

また、要支援の時期はまだまだ自宅で生活できると思っていても、ある日突然それができなくなる時が来たりもします。もちろん要介護5でも自宅で生活することは可能です。しかし、住宅の状況や障害の状況によってはそれができない場合もあります。身体が不自由になってから、どこか知らない場所の施設や高齢者住宅に入り余生を送ることは、悲しいことのような気がします。

 

ところが周りの高齢者の人たちを見ていると、身体が不自由になり今まで住んでいた住宅に住み続けられなくなって初めて、サ高住などに引っ越すという状況になっているようです。つまり、抵抗なく元気なうちから入居ができて、介護の不安もないという住宅があまり見当たらないというのが、今の正直な感想です。

国は「在宅介護、在宅介護」と金科玉条のごとく叫んでいますが、「在宅介護」を継続できる老後の住み替えモデルをもっと提示し、不動産業界と介護業界に働きかけて環境整備を進めるべきでしょう。老後の住宅不安が解消することは、老後の不安の多くの部分を占めると考えます。

 

次回は、元気なうちから抵抗なく入居できて介護「不安」が無い住宅や低所得者向けの住宅について考えます。

 

 

介護人材不足はいつまで続くのか その2(将来の予想)

◆外国人労働者受け入れは人手不足の救いになるか

 

厚生労働省、は経済連携協定(EPA)による東南アジア3カ国の介護福祉士に、訪問介護を解禁することを決めました。2017年4月からの実施を目指すそうです。

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016080500036&g=eco

 

移民の受け入れは人手不足と経済成長の奥の手と言われています。

移民による人口増加を経済発展に繋げてきた国と言えばアメリカ合衆国がその代表でしょう。ヨーロッパ諸国(EU)も同じような移民政策を展開してきましたが、今、このやり方は過渡期を迎えています。ご存知のとおり、イギリスのEU離脱です。イギリス国民は移民の受け入れを拒否しEUからの離脱を決めました。

 

日本は移民についてはかなり厳しく制限してきた経緯があります。歴史的に多民族が交わって社会を作っていく構造にはなっていませんので、アメリカのような移民政策を国民が簡単に許容することは考にくいと思います。

 

私個人としては、多様な民族が交じり合うことは、地球上に住む人間という種族にとってはごく自然なことであり、風土の保全としっかりした語学教育が可能であれば拒むことではないと考えています。

 

しかし、現在、在留外国人の就労制限は厳しく、仕事のために在留を認められているのは通訳など一部の職業のみです。当然、EPA以外の介護福祉の仕事で在留許可を得ることはできません。留学生がアルバイト(時間制限あり)で介護福祉の仕事に就くことは可能ですが、語学留学できている外国人ではコミュニケーションのレベルが問題になります。

日本語の習得は外国人労働者にとっては大きな壁でしょう。ヨーロッパでも移民の語学レベルが大きな問題となっており、質の高い労働力に繋がっていないという指摘があります。

 

日本人と結婚していたり、家族がいる人は就労が可能です。現状でもこうした許可により多くの外国人が介護施設等で働いていますが、この方法でも人手不足の解消につながるほど多くの労働者を確保できるとは思えません。EPAによる介護職の受け入れも2016年までで2,000人程度です。ほとんど意味を成す数字ではないでしょう。

 

 

◆人手不足はいつまで続くだろうか 予想してみる

ここまでの考察を踏まえて、今後の動向を整理したいと思います。

 

1 今後、急激な円高などによる企業会計の悪化は考えにくい

 現在、日本とアメリカの経済格差は広がりつつあります。現状、1ドル100円程度が今後、米国の利上げなどにより長い目で見ると円安に進むと考えられています。しかし一方で、日本は人口減少によりデフレが緩やかに進んでいくという考え方もあり、デフレの場合は円高になりますので、ドル円が急激に大きく変動することは考えにくい状況です。

 ドル円が安定的であれば、日本企業は緩やかに収益拡大をしてくと予想されます。

 

2 日本の労働人口の低下により労働者需要はさらに増加

 1億総活躍と政府が言わなければならないのは、まさに日本人が減ってしまうことが原因です。労働需給はさらにひっ迫することが予想されます。

 

3 外国人労働者の受け入れ拡大(移民の受け入れ)は相当の時間がかかる

 国内で移民の議論ができるようになるまで相当の時間が必要と考えます。今はどの政党も触れたくないようです。

 しかし、労働者不足は待ってくれませんので、将来、介護サービスが受けられない介護難民が大きな社会問題となるようであれば、議論が始まるかもしれません。

 現状のEPAの枠組みを超えて、日常会話レベルの日本語能力を持つ外国人介護労働者を大量に受け入れられるようになるのは、かなり先のことでしょう。

 

4 賃金上昇による効果は限定的

 政策的な賃上げによる効果はある程度期待できます。しかし、介護福祉業界だけではなく他の業種も相対的に上がるので、全体として人手不足の解消に繋がるか疑問があります。処遇改善加算をどこまで上げることができるか。消費増税、医療や年金など他の社会保障コストの関係により、介護福祉の方にどれだけお金を回せるかによると考えます。

 このままでは介護難民が深刻になることを、介護福祉業界全体でアピールしていくことが重要でしょう。

 

5 人型ロボットが介護士の代わりをしてくれるのは難しい

 ロボットの活用では、いわゆる人型ロボットより、先進的なリフトなどの開発により、移乗や移動を利用者自身がコントロールできるシステムや、排せつを自動化できるベッドなど、介護職員に頼らない福祉用具の開発の方が、人手不足には有効だと思います。

 ベッドからお風呂まで利用者や家族がリモコンを操作して、オートーメーションで移動できたり、ベッドがそのままお風呂になってしまう構造であったりと、介護労働を軽減する福祉用具は今後さらに開発が進むでしょう。

 

6 多様な業界で人を必要としないサービス提供の仕組が開発され発展する。

 介護だけでなく、無人運転車(タクシー・宅配便など)の実現。ICタグや自動決済システムの利用拡大により、巨大な自動販売機と化すコンビニやスーパー。店員のいないファミリーレストランやファストフード。人型ロボットのショップ店員。などなど、ろいろなサービスを自動で提供できるシステムが今後、開発され普及するでしょう。

 こうした自動化は日本人が非常に得意とする分野です。回転ずしなどはその先駆けと言えます。

 こうした自動化により介護以外の業界で人手不足が解消すれば、それが介護福祉業界の人手不足解消の決定打となるかもしれません。

 

◆今後なくなってしまう仕事

人手不足解消の決定打は、多様な業界でサービスの自動化が進み、人手を使わなくてもサービスが提供できるようになること。それにより、日本全体の人材不足が解消され、介護業界にも人が流れてくることでしょう。

多くの企業で、企業収益を上げるための自動化の取り組みは、今後一層の盛り上がりを見せるでしょう。政府も強力にバックアップするはずです。特にパート労働者を活用してきた分野では進展が激しいのではないかと考えます。

 

 米国で発表された、今後、機械や人工知能が奪う職業ランキングの上位15位を見てみます。

1 小売店販売員

2 会計士

3 一般事務員

4 セールスマン

5 一般秘書

6 飲食カウンター接客係

7 商店レジ打ち係や切符販売員

8 箱詰め積み降ろしなどの作業員

9 帳簿係などの金融取引記録保全員

10 大型トラック・ローリー車の運転手

11 コールセンター案内係

12 乗用車・タクシー・バンの運転手

13 中央官庁職員など上級公務員

14 調理人(料理人の下で働く人)

15 ビル管理人

 

こうした仕事がなくなる一方、介護などの直接的な対人援助の仕事は残るといわれています。コミュニケーション技術や身体接触も含めた援助技法により、一人ひとり個別に支援するサービスはなかなか自動化できない分野です。前述の福祉用具の進歩による自動化は、コストがかかり、一部の施設やお金持ち以外利用できません。通常の在宅介護や認知症介護では今まで通り、人手が無ければ難しい状況は続くと考えます。

 

◆仕事の自動化が進めば今度は失業者が増加

自動化により人々が職を奪われる状況が、今後10年程度で明らかになるかもしれません。

有効求人場率は低下し、労働市場は買い手市場に転化するでしょう。失業率が上がり人々が職を求め始める時代が来ると、介護福祉分野の人手不足も解消することが予想されます。

しかし、あと5年程度は今の状況が続きそうです。その間に我が国の介護福祉サービスが人手不足で破綻しないことを祈ります。

 

 

 

 

介護人材不足はいつまで続くのか その1(原因の考察)

「介護人材不足はいつまで続くのか?」

結論を先に言ってしまうと、今後10年程度で人材不足は解消するのではないかと、私は睨んでいます。さらに言えば、将来は労働者が余ってしまう時代がやってくるかもしれません。

まず、現状の人手不足の原因について考察してみたいと思います。

 

◆介護福祉の経営にとって、人手不足は事業成長の大きな阻害要因

 

28年6月の全国正社員有効求人倍率は0.88倍。東京は2.05倍となり、高度経済成長末期の1974年5月(2.23倍)以来の高水準となっています。

 

介護に限らず、運輸や建築業などを中心にあらゆる方面で人手不足が顕在化しています。

友人のトラック運転手は休みが週に1度しかなく、夏休みもない状態で働いているとぼやきます。運送業では荷物があれば誰かが運ばねばならず、遅れればクレームになるのでやらざるをえないそうです。

 

人手不足は労働環境の悪化につながります。より良い処遇を求め、離職によるさらなる人手不足の悪循環が発生します。人手不足による過重労働が原因となり、介護福祉現場では虐待なども発生します。

 

そして、この事業の場合、働き手がいなければイコール事業が成長しないことです。人が集まれば新しい事業を次々に展開することも可能でしょう。最近では人が集まらないために、特別養護老人ホームの公募で採択されたのに、辞退したという話も聞こえてきます。

 

 

◆人手不足の原因は何だろう

 

現状における、日本全体の人材不足は、団塊の世代の大量退職と、バブル崩壊・リーマンショック以来の人件費削減の反動。円安による企業会計の好転。中国をはじめとしたアジア諸国の人件費高騰による、仕事の日本回帰。震災復興需要。ITなどの産業ニーズの変質に人材開発が追い付いていないなど複合的な要因が原因として挙げられるでしょう。

 

政府は労働需要が高いことはアベノミックスの成果と言っていますが、需要が高いのに賃金が改善されなければ、国民の所得は改善されないばかりか、介護・運輸・建築など、もともとの賃金水準が低い業種にしわ寄せが来るのは避けられません。

 

全体の賃金が上がれば企業は人件費を抑えますので人材不足も改善されるかもしれません。現政権は最低賃金の改善を打ち出していますが、現状ではまだまだ効果が出ていません。

 

ちなみに、最低賃金の国際比較では日本は先進国でも最低レベルのようです。

(2015.12.10産経新聞調べ)http://www.sankei.com/west/news/151210/wst1512100006-n1.html

 

オーストラリア 1,517円

フランス 1,265円

英国(21歳以上) 1,256円

ドイツ 1,118円

米国(平均) 892円

日本(平均) 798円 現在は823円

 

最低賃金は物価との関係もありますので、賃金が高いから国民が豊かとは一概には言えません(最低賃金が高い国は比較的物価も高いようです)が、デフレから脱却して賃金と物価を上げたい日本政府としては最低賃金1,000円を目指しているという声も聞こえます。

 

最低賃金の上昇は、かつて経済団体からの反発が強く、なかなか上げられない状況が続いていました。日本はコンビニやファストフード系の企業などパート労働者の活用により成長してきた企業が多く、最低賃金の引き上げは人件費コストにダイレクトに響きます。そのため、反対してきた経緯があります。

 

しかし、現在、都市部を中心に、こうしたパート労働者自体が集まらず、企業自らが時給を上げざるを得ない状況になっています。都市部では、最低賃金ではパートさんをなかなか雇えない状況でしょう。

 

東京郊外にオープンした巨大ショッピングモールで熾烈なパートさん獲得合戦が繰り広げられたというニュースは、もう3年も前のことです。

http://www.nikkei.com/article/DGXNZO63355220Z21C13A1L71000/

今も、この状況はあまり変わっていないようです。

 

現在、首都圏の介護福祉業界のパートさんの時給は1,000円以上になって来ています。しかし、他の業種のパートさんも1,000円を超えて来ていますので、仕事の内容から介護福祉業界は分が悪いと言えます。特に若い人にはおしゃれなショップ店員などの方が魅力的に映るでしょう。

 

◆国は「2020年代初頭に向けた総合的な介護人材確保対策」を発表

 

厚生労働省は3月に、介護人材不足対策を打ち出しました。介護職の社会的な地位を引き上げることや、介護の仕事に戻ってくることを促進するような対策を打ち出しています。

 

介護人材の確保につい」 厚生労働省資料

 

処遇改善や助成金など税金を投入することで人材確保を目指すことは、ある程度の成果を上げるかもしれません。しかし、前述のとおり人材不足は介護業界だけではありません。政府も介護福祉分野だけ優遇することはできないでしょう。建築や運輸の分野で国土交通省や他の省庁も人材確保の対策を打ってきます。

 

高齢者や主婦など未就労層を開拓して労働者を増やすことで、人材は増えるかもしれませんが、限界があると私は考えます。人口が減り続けているわが国では、限られた人材をみんなで奪い合う状況は、今後も変わらないのではないかと考えます。

 

次回は、外国人の受け入れやロボットの導入などを見据えて、介護人材不足がどのように解消するか考えます。

 

 

 

 

介護職員の虐待・犯罪行為を防止する方策について考える 最終回

◆人事異動により不正などの犯罪行為を防止する

1 一人の担当者が長い間、同じ仕事をすることは危険

 公務員は通常、3年程度、長くても7年程度で職場を移動します。入札担当や発注担当は2年で移動になることも多いでしょう。外部との癒着の可能性がある部署や高額の現金を取り扱う部署では、特に就任期間は短い傾向があります。

 これは、不正や犯罪行為が行われやすい傾向のある部署に一人の職員を長い間配属させていると、不正や犯罪行為の発覚が遅れてしまうのと、ちょっとした出来心による横領などの犯罪が起こりやすいからです。

 一人の人が同じ仕事を長く続けることは、その人がその仕事のオーソリティとなってしまい、周囲からその人のしている仕事が見えにくくなります。そのため外部からのチェック機能が働かないことが良くあります。近頃、問題となったマンションの杭打ちデータ不正や免震ゴムの問題も一人の担当者がずっとその仕事をしており、外部からのチェック機能が働かないために起こったといわれています。

 介護現場でいえば、一人のケアマネージャーが長い間同じ利用者を担当しており、勝手にやっていた不正請求(例えばモニタリングをしていなかったなど)のために、多額の返還金を払わなくてはならない事例などは良く発生しています。

 このように、不正や犯罪が起こりやすい職務に長い間、同じ人を勤務させることは、外部からのチェック機能が働きにくいため、トラブルが発生リスクが高いといえるでしょう。

 

2 人事異動による効果

 ある担当者に魔がさして、不正請求などをしようとしても、人事異動によって人が変わり、次の人がその不正を発見してしまう恐れがあれば、人はなかなか悪事に手を染めることができないものです。また、あとで後任が見ると思えば、ずさんな仕事もしない傾向にあります。

 介護保険費の不正請求の時効は5年です。場合によっては最長5年分の返還金が命じられます。不正行為の期間が短かければ短いほど、損害も小さく済みます。 

 

3 訪問系では担当を定期的に変える、もしくは複数で担当することも重要

 訪問介護や看護は一人の職員がサービスを提供しますので、場合によっては同じスタッフがずっと同じ利用者を担当することがあります。ご家族などのチェック機能が働く場合は良いのですが、独居で認知症など、不正行為などを理解できない利用者の場合、できれば定期的に担当者を変えることで、犯罪行為を事前に防止できると考えます。

 また、認知症の困難ケースなど虐待が発生してしまう恐れのある利用者へのサービス提供は、一人の担当者に任せてはいけません。必ず事業所として複数の担当者で当たることが大切です。そうすることで、担当者への負担も軽減できますし、問題を話し合う体制もできると考えます。

 訪問系だけでなく、ある、通所介護事業所ではいつも同じ担当者が利用料の現金集金をしており、認知症の利用者から不正な利用料金を徴収・横領し逮捕されたという事件がありました。

 現金を扱ったりする場合や認知症の利用者への対応は、人を変えるとともに、できるだけ複数の人間であたることでチェック機能が働き不正が起こりにくいと考えます。

 

 

◆小さな事業所では内部チェック機能を高める

 人事異動はそれなりの大きさの組織では有効な手段ですが、小さな事業所ではなかなかそうも行きません。事業を拡大させ職員数を増やしていくことも一つの戦略ですが、虐待や不正行為の発生は待ってくれませんので、どんなに小さな事業所でも防止策は取っておく必要があります。

 

1 ケアマネージャーは一人で仕事を抱え込ませない

 ケアマネージャーが本来やるべき仕事をしていないために、減算などにより返還金が発生するケースは非常に多く、場合によっては多額の返戻金や悪質だと判断されると指定取り消しの場合もあります。

 ケアマネージャーは場合によっては仕事を抱え込んでしまい、外部から手を触れさせない傾向があります。一人ケアマネの事業所(訪問介護事業所併設)で何年もケアプランを更新せず、サービスを提供していたケースもありまず。

 ケアマネージャーの仕事は事業所内でできるだけオープンにし、一人で抱え込ませないようにしなければなりません。できれば更新時は必ず複数のスタッフでカンファレンスを行い、年に1回は必要な書類が整備されているかを別の誰かがチェックする仕組みを作りたいものです。

 

2 虐待防止策

 前述のとおり、認知症など自分の意思を明確に表示できない利用者に対するサービスは、チームもしくは複数の担当者で行うことが有効です。特に訪問介護では必ずそのような体制を敷くべきであると考えます。

 また事業所の管理者やサービス提供責任者は、虐待などの行為が犯罪行為であり場合によっては逮捕される可能性があることを、しっかり認識しながら職務に当たらなければなりません。そのためにはコンプライアンス研修を受け、法令の優先順位などをしっかり理解しておく必要があります。

※過去の記事➡コンプライアンス(法令順守)の優先順位

 通常、虐待の発生しやすい事例は困難ケースに当たります。すでに述べたととおり、一人の担当者に仕事を押し付けるようなことは決してしてはいけません。絶えず組織として利用者に対応し、一人の担当者にストレスが溜まることは避けなければならないでしょう。

 

3 その他犯罪行為の防止

 現金の横領や窃盗、事業所の売り上げを上げたいために未実施サービスを請求するなど、職員の個人的な動機により手を染めてしまう犯罪にはどのような防止策があるでしょうか。

 その2の回で述べた通り、処遇を良くし、その会社や組織に就労し続けるメリットを増加させることで、つまらない犯罪を減らすことはできます。しかし、小さな事業所ではそうした対策もなかなか難しいでしょう。

 小さな事業所のメリットは「小さい」ことです。そのことによりスタッフ間のコミュニケーションは密になります。このメリットを活用することで犯罪の防止ができると考えます。

 「小さな事業所ですがみんな仲が良く、とても家庭的な雰囲気の職場です」などという求人のうたい文句がありますが、仲良しグループで仕事がなれ合いになるというデメリットもあります。しかし、なんでも話せる雰囲気や、悩み事を抱え込まないような良好な人間関係が育まれやすいのは、小さな事業所のメリットでしょう。そうした風通しの良い組織では構成員の仕事ぶりが比較的オープンとなり、自然とお互いのチェック機能が高まります。また、ストレスも大きく軽減され、不正行為へのブレーキがかかると思います。

 また、管理者やサービス提供責任者のリスクマネジメントの意識も大切です。ご利用者の家や居室で窃盗などの犯罪が起こる可能性について、管理者やサービス提供責任者はいつでもアンテナを張り、リスクマネジメントしなければなりません。

 日ごろ「ヒヤリハット」などにより介護事故に対するセンサーは張っていても、スタッフの魔がさしてご利用者の物品を盗む可能性についてはあまりチェックしていないのではないでしょうか。

認知症の利用者の金銭管理や鍵の管理は必ず組織的に対応することが重要ですし、高額な物品があるような場合は必ずカンファレンスなどで事前に議題にしておくことが大切でしょう。

 職員の出来心による犯罪を防止するには、犯罪発生の可能性を潰していくことがとても大切です。できるだけ出来心が起こらないような事前対策を意識してください。

 

◆経営者自身がコンプライアンスについての意識を高める

 指定取り消しなどのケースでは、不正請求やスタッフ資格の誤魔化しが、組織ぐるみで行われている場合が多く(それゆえに悪質)、経営者自身がそれに関与している事例も少なくありません。

 コンプライアンスは、まず経営者自身が危機意識を高めることから始めなければなりません。自らが経営する事業所から犯罪行為が出れば、事業そのものが立ち行かなくなる可能性が大きいのです。ちょっとした不正行為でも、地域でうわさが広まれば、利用者減に直結します。

 相模原の事件は、社会福祉法人が運営する市の施設で発生しました。通常、施設の管理をする社会福祉法人はこうした事件が発生しても、施設管理者の立場を追われることはありません。それは特別養護老人ホームなどについても同様で、虐待などの犯罪行為が施設内で発生しても、運営者を変えられることは無いのです。

 しかし、一般の事業者の場合は違います。老人ホームや自らの事業所で犯罪が起きれば、経営者に瑕疵が無くても経営に直結する危機です。介護福祉業界はそうしたコンプライアンスにかかわる危機意識が非常に低いように感じます。

 立場の弱い人の支援をすることは、その立場の弱さ故に、犯罪行為が発生しやすいことを肝に銘じておかなければなりません。